コラム

陰謀論とロシアの世論操作を育てた欧米民主主義国の格差

2023年05月10日(水)15時50分

世界人口の半分を占める人々の総資産は世界の2%しかない

世界の人口の半数を占める最貧困層の保有している資産は全体のわずか2%、これに対して最も裕福な10%の人々は世界の全資産の76%を所有している。そして悪化している。この状況は国によって異なるが、中東やアメリカでは格差は大きく、ヨーロッパでは比較的格差が小さい。

なお、今回の記事は主として世界の不平等に関するデータと分析、提言を行っているWorld Inequality Database (WID.world)のレポートを元にしている。世界各国から100人以上の専門家が参加しており、経済学者のピケティ氏も参加している。

ichida230509a.jpg

ichida230509b.jpg

出典:Chancel, L., Piketty, T., Saez, E., Zucman, G. et al. World Inequality Report 2022, World Inequality Lab wir2022.wid.worldより

かつて欧米の民主主義国の左派政党は低学歴・低所得者層を支持母体としていたが、徐々に高学歴・高所得層へとシフトしていった。その結果、格差の下位にいる人々の声を政治の場に届けるのはポピュリストのみになった。グラフの赤は学歴、青は所得、緑は資産で、高学歴、高所得、高資産(いずれも上位10%)から低学歴、低所得、低資産(いずれも下位90%)の投票割合を引いたものになっている。数値が増加することは高学歴、高所得、高資産の人々の投票数の増加を示す。民主党を支持の中心は、投票者の90%を占める低位の人々ではなく、上位10%の人々に変化している。同様の傾向は他の欧米の民主主義国でも見られる。

ichida230509c.jpg

出典:Thomas Piketty、2018年3月、Brahmin Left vs Merchant Right:Rising Inequality & the Changing Structure of Political Conflict (Evidence from France, Britain and the US, 1948-2017)より

格差は政治的選択の結果であり、外部要因によるものではない。特にグローバリゼーションと規制緩和が格差を広げたと考えられている。政党は資金提供者の影響を受けるようになり、立法など多くの権限が行政機関や司法機関(ジュリストクラシー)もしくは国際機関といった国内の選挙とは関係ない組織に委譲された。経済では、脱労働組合化、規制の撤廃、グローバリゼーションによる海外労働力の活用などを進めて労働者の影響力を下げた。文化の面では監視役となっていた宗教や市民の倫理観からリバタリアン的価値感に変わった。一連の規制緩和で公的事業が民間に移行したため、民間の資産は増加し、政府資産は大幅に減少した。こうした一連の変化によって人口で多数を占める下位の人々の支持なしに政権運営が可能な状態になっていき、格差の下位にいる人々は政治、経済、文化の面で不可視化されることになった。民主主義国において、こうした格差は是正されるべきものであるにもかかわらず、放置され、不可視にされてきたことが反発や不満の原因である。

政治的選択で「人口で多数を占める人々の支持なしに政権運営が可能な状態」にする国家を民主主義と呼んでよいのかすごく疑問だが、欧米社会の認識としてはアメリカは民主主義国のリーダーなのである。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

南仏で80年ぶり大規模森林火災、パリ上回る面積が焼

ワールド

ブラックバーン米上院議員、テネシー州知事選出馬へ 

ワールド

原油先物は6日ぶり反発、米在庫減少が支援 制裁巡る

ビジネス

東京エレク、子会社の元従業員1人の関与確認 TSM
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 2
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの母子に遭遇したハイカーが見せた「完璧な対応」映像にネット騒然
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 5
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 6
    【徹底解説】エプスタイン事件とは何なのか?...トラ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    バーボンの本場にウイスキー不況、トランプ関税がと…
  • 9
    大学院博士課程を「フリーター生産工場」にしていい…
  • 10
    【クイズ】1位は中国で圧倒的...世界で2番目に「超高…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 8
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 9
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 10
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story