コラム

インドの監視管理システム強化は侮れない 日本との関係は......

2020年08月03日(月)17時00分

このシステムは16,000の警察署、7,000の庁舎、およびモバイルアプリで使用されると伝えられました。合計で約80,000人のユーザーが想定されており、最大2,500の同時リクエストを処理できなければならないとされている(BiometricUpdate.com、2010年7月14日)。決定は数回延期され、2020年7月の段階ではまだ決定していない。日本のNECも入札に参加し、残っている。

こうした動きとは別に個別に監視強化を進める動きもある。2020年3月16日のロイター記事によれば、インドは100の都市の中心部のスマート化を進めており、その一環として地方自治体で労働者の勤務状況をGPSで管理しはじめている。

労働者は勤務時間中、GPS機能のついたバンドを装着し、居場所によって勤務開始時間、終了時間を測定される他、休憩している時間まで把握されてしまう。ただ、当然ながらかなりの誤差を伴うことがある。にもかかわらず、測定数値によって自動的に勤務状況が把握され、給与カットなどが行われるようになった。そのため労働者たちは抗議の声をあげている。

インド政府は2020年4月9日に、接触追跡アプリAarogya Setuをリリースした。コロナ対策の一環であるが、それだけではなくマイクなどの組み込みセンサーをオンにできることが発見されている他、スマートフォン内部のデータや連絡先にアクセスする可能性も指摘されている(THE DIPLOMAT、2020年4月14日)。コロナを口実にした監視強化を疑われている。

最終的にこれらがAadhaarとどのように統合される(あるいはされない?)かは不明であるが、着々と監視網を拡充していることは間違いない。インドには諜報機関が最低でも16存在しており、それぞれ異なる組織となっており、全体像が把握しにくい。代表的なものだけでも、The National Investigation Agency(NIA)、National Technical Research Organization(NITRO)、Research and Analysis Wing(RAW)、Intelligence Bureau(IB)、Central Bureau of Investigation(CBI)、Defense Intelligence Agency、Military Intelligence Directorateなどがある。

世界最大の民主主義イベント、インド総選挙の主役はネット世論操作

インドのネット世論操作については、前掲のオックスフォード大学のComputational Propagandaプロジェクトの年刊の事例研究と拙稿(2019年5月30日)にくわしいが、要点をかいつまんでご紹介したい。

最初にお話しておきたいのは、ネット世論操作はインドの選挙におけるもっとも重要な武器であること、そして世界の多くの国でもそうなりつつあるということである。

有権者9億人以上、政党の数2,293、候補の数8千人以上、投票所の数100万以上という未曾有の規模で行われた昨年のインド総選挙は「世界最大の民主主義イベント」と称された。勝利したのはモディ首相が率いる与党であるインド人民党(BJP)だった。

インドはネット世論操作が盛んに行われていることでも知られている。多くの国ではネット世論操作は産業として根付いており、ネット世論操作大国であるインドでも産業ができている(The Atlantic、2019年4月1日)。選挙の際には、フェイクニュースを流布させるための多数のトロール(人手によるフェイクニュース投稿やRTなどを行う)やボット(プログラムによって投稿やRTなどを行う)を用意され、投稿のテンプレートがグーグルドキュメントによって作られて提供されていたという(Aljazeera、2018年12月11日)。

インドの政党は「IT cell」と呼ばれるネット世論操作部隊を有している他、外部の民間企業にネット世論操作を委託している。前回のアメリカ大統領選挙で話題となったケンブリッジ・アナリティカを利用していたことがわっている他、デリーのマーケティング企業OMLogic Consultingがインド人民党(BJP)と野党インド国民会議(INC)の両方にYouTubeとインスタグラムの利用についてコンサルティングしていたこともわかっている。

また、インド人民党(BJP)はNaMoというネット世論操作専用のアプリを開発しており、少なくとも2つの州ではプリインストールされた安価なアンドロイド端末が配布されている。記事によれば1000万人以上がインストールしているという。

「IT cell」の存在は広く確認されており、2019年4月1日、フェイスブック社は組織的かつ不審な活動を行っていたこれらのアカウントやページを削除した(2019年4月1日)。具体的な内容としては、野党インド国民会議(INC)の「IT Cell」に関係する687のフェイスブックページとアカウントを削除、インドのIT企業Silver Touch Technologiesに関係している15のフェイスブックページとグループとアカウントを削除、321のフェイスブックページとアカウントを規約違反で削除した。Silver Touch Technologiesは与党インド人民党(BJP)との関係が疑われている企業である。Silver Touch Technologiesがビジネスとして与党からネット世論操作を請け負っていた可能性が指摘されている(同社は否定している)。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インド医薬品業界、関税巡る懸念で米国以外への輸出拡

ワールド

ボルトン元大統領補佐官、機密情報巡り捜査対象に

ワールド

トランプ政権の性自認パスポート拒否、連邦控訴裁も認

ワールド

イラン、豪州との外交関係を格下げ 放火事件で対立
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story