コラム

中国の一帯一路の裏で行われているサイバー空間の戦い

2020年07月03日(金)18時15分

サイバー空間に広がる中国のソフトパワー

文化や価値観などを通じて自国への理解や共感を広げる力をソフトパワーと呼ぶ。中国は一帯一路参加国を中心に強力なソフトパワーを広げている。中国のプロパガンダに関するレポート(Freedom House、2020年1月)は中国のプロパガンダの目的を下記の3つだと指摘している。
・中国と統治体制に対するポジティブな見方を広める
・海外から中国への投資を推奨し、海外への中国の投資と戦略的提携を奨励する
・中国への批判やネガティブな言説をなくす

そのために行っているのが下記の4つである。
・現地の中国人移民のメディアと連携し、中国批判を抑える
・相手国の情報インフラの中枢に関与する
・SNSとデジタル・テレビ会社経由で中国政府よりの政治色のあるコンテンツを提供する
・中国は他の国の模範であることを広める

世界にソフトパワーの影響力を広めるための主たる中国メディアは次の4つである。人数はフェイスブックのフォロワー数である。なお、言うまでもないことだが、中国国内からはフェイスブックを利用できない。
・人民日報(新聞) 7,200万人 日本語版URL
・新華社(通信社) 7,000万人 日本語版URL
・CGTN(放送局) 9,000万人 日本語版URL
・チャイナデイリー(英字新聞) 8,400万人

一帯一路の影響が大きいアフリカではこれに中国企業StarTimesが加わる。StarTimesはアフリカにデジタル・テレビを普及させる中国政府の構想「10,000 Villages Project」を実行し、30カ国で1,000万の視聴者を得た(CNN、2019年7月24日)。その結果、ケニアの首都ナイロビの郊外の水道もない貧しい家のリビングに大きなパラボラアンテナが設置され、家族でカンフー番組を観ている奇妙な日常風景が当たり前になった。これもソフトパワーによってアフリカにおける中国の影響力を増大させる仕掛けのひとつである。日々、エンタメからプロパガンダまでさまざまな放送が中国からアフリカの日常に流れ込んでいる。

ちなみにフェイスブックの「いいね」数ランキング20位にランクインしている国営および政党のメディアは、10位の中国のCGTN(国営テレビ局中国中央電視台中国グローバルテレビジョンネットワーク、中国環球電視網)と、13位の中国共産党のチャイナデイリーのふたつである。上位20位以内には他の国の国営メディアあるいは政党関連のメディアはランクインしていない(we are social、2020年1月30日)。

付け加えるとフェイスブックグループの利用者の7割以上はグローバル・サウス(アジア、ラテンアメリカ、アフリカ)の人々である(2020年第一四半期のフェイスブック社の投資家向け資料)。つまり一帯一路の主たる対象国の人々なのである。欧米のSNSというイメージのあるフェイスブックだが、とっくの昔に欧米の利用者は30%未満になっているのだ。

そしてこれらの中国メディアの影響力は想像以上に大きい。コロナ禍の中での中国、イラン、ロシア、トルコの英語版ニュースの影響力を調査したレポート(オクスフォード大学The Computational Propaganda Project、2020年4月9日)に分析が掲載されている。中国、イラン、ロシア、トルコの英語版ニュースはBBCなどの一般的なニュースに比べると記事の数は少ないが、そのエンゲージメント(いいね、などの反応)は10倍以上だった。中でも1記事当たりのエンゲージメントでは中国のCGTNと新華社はBBCの10倍以上とずば抜けていた。

一般的なニュース媒体以上に日常の情報源、コミュニケーション手段となっているSNSの利用者数シェアでもトップ10の半分が中国企業のSNSである(we are social、2020年4月23日)。世界の利用者数トップ10は下記のようになる。単位は100万人でアクティブな利用者数である。

1位 フェイスブック 2,498
2位 YouTube 2,000
3位 WhatsApp 2,000
4位 Facebook Messenger 1,300
5位 WeChat 1,165
6位 インスタグラム 1,000
7位 TiKToK 800
8位 QQ 731
9位 QZone 517
10位 Weibo 516

世界全体で利用者数が圧倒的に多いのはフェイスブックならびにそのグループ(フェイスブック、WhatsApp、Facebook Messenger、インスタグラム)である。フェイスブックグループに次いで多いのが中国企業のSNSである。なお、サービス数ではフェイスブックグループよりも多い。5位のWeChat(メッセンジャー)、7位のTiKToK(動画)、8位のQQ(メッセンジャー)、9位のQZone(フェイスブックに似たサービス)、10位のWeibo(ツイッターに似たサービス)がランクインしている。

SNS利用者数トップ10の中でフェイスブックグループでも中国企業でもないのは、2位のYouTube(グーグルグループ)の約20億人のみとなっている。世界のSNSはフェイスブックグループと中国企業のSNSに二分されていると言っても過言ではないだろう。なお、日本で利用者の多いツイッターは13位で3億人強の利用者に留まっている。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story