コラム

ジャマル・カショギがジャマール・ハーショグジーであるべき理由

2018年10月22日(月)18時15分

イスタンブールのサウジアラビア領事館に入っていくジャマール・ハーショグジー(ジャマル・カショギ)の映像 Reuters TV/via REUTERS

<メディアを騒がせている、トルコで殺害されたサウジ人ジャーナリストの名前表記が本来の発音から相当かけ離れている。メディアの皆さん、何とかなりませんか>

「ギョエテとはオレのことかとゲーテいい」というコトバがある。ドイツの文豪ゲーテを日本語でどう表記するのかについては明治以来、いろいろな試みがあり、結局ゲーテに落ち着いたのだが、なかにはギョエテのように本来の発音からはだいぶ乖離してしまうケースも少なくなかった。

ちなみにいうと、この現象は日本語だけではない。英語話者にとっても、ゲーテの名は発音しづらいらしく、ガータとかグータなど英語でもさまざまに読まれている。

さて、こんな話からはじめたのは、今メディアを騒がせている、トルコで殺害されたサウジ人ジャーナリストの名前表記が気になったからである。

彼の名は日本の主要メディアではほぼ統一してジャマル・カショギとなっている(主要でないところでは「カシオギ」という表記もある)。だが、筆者のように、アラビア語をかじってサウジアラビアを研究対象としている人間にとっては、こうした表記はものすごく気になる。ギョエテの場合と同様、本来の発音から相当かけ離れているからだ。

「ジャマル」は「ラクダ」の意、Khはハ行が一般的

彼の名の英語表記はJamal Khashoggiである。アラビア文字だと、جمال خاشقجيとなる。ちなみに筆者は、彼の名を「ジャマール・ハーショグジー」と表記してきた。ジャマールは本来「美」を意味し、アラビア語圏ではしごく一般的な名である。日本語でいうと「佳男」とか「美夫」といった感じになろうか。

長母音をとって「ジャマル」とすると、「ラクダ」の意味になってしまって、かわいそうである。アラビア語は、短母音の発音がちょっとぐらいちがってもそれほど気にしないが、長母音と短母音の区別は厳密なのだ。

さらに大きな問題は姓に相当するKhashoggiのほうだ。アラビア語のKhの発音は、日本語にないので、正確な表記は困難だが、学界ではだいたいハ行で表している。イランのハメネイ(ハーメネイー)最高指導者の「ハ」もこのKhである。

喉の奥から出す強い音なので、カ行で転写しても問題なく、英語圏でもKで発音されることは少なくない。実際、読売新聞などはその昔、イラン・イスラーム革命の指導者ホメイニ(ホメイニー)師を「コメイニ」と表記していたぐらいだ。

じゃあ、カショギでもいいじゃないかとなるが、そうはいかない。Khは日本のメディアでもハメネイやホメイニの場合のように、ハ行で表記するのがすでに一般化しているからである。

おそらく先祖はオスマン帝国治下の食器を作る職人

めんどくさいのは彼の一族はもともとトルコ系で、ハーショグジーという名前ももともとトルコ語に由来することだ。今でもトルコ語メディアでは、トルコ語をそのまま使って彼の姓をカシュクチュCemal Kaşıkçıと表記することがある。

ちなみに「カシュク」とはトルコ語で「匙」の意で、「チュ」は「~屋、~する人」を表し、合わせて「匙屋」ということになる。おそらく先祖はオスマン帝国治下で食器を作る職人でもやっていたのだろう。一説には一族は500年ほどまえにトルコ中央部のカイセリからアラビア半島西部のヒジャーズ地方に移住してきたといわれている。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

バンス氏、移民当局発砲問題で連邦職員を擁護 民主党

ワールド

円滑な食品輸出は重要、状況注視=中国の通関遅延報道

ワールド

トランプ氏、住宅対策でMBS2000億ドル相当購入

ワールド

キーウにロシアの無人機攻撃、少なくとも2人死亡 火
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 7
    トランプがベネズエラで大幅に書き換えた「モンロー…
  • 8
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 9
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 10
    「ショックすぎる...」眉毛サロンで「衝撃的な大失敗…
  • 1
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 7
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 8
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 9
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 10
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story