コラム

デモ、弾圧、論争、「卵巣に影響」...サウジが女性の運転を解禁するまで

2017年10月25日(水)18時39分

しかし、これだと、いくらでも拡大解釈が可能で、説得力に欠ける。実際、サウジ当局も、女性の運転が宗教的に許されないというロジックを強調しているわけではない。女性の運転賛成派は、預言者ムハンマドの時代、女性がラクダや馬に乗っていたことを挙げ、同じ移動手段である自動車の運転を禁止するのはおかしいと反論していた。こちらのほうがはるかに説得力がある。

前国王時代には、宗教的に許されないという言説は影を潜め、むしろサウジ社会が女性の運転を受け入れられないという点を前面に押し出すようになった。逆にいえば、社会が変われば、宗教的制約と無関係に、女性の運転は解禁されるということでもある。

とはいえ、頑固な連中は後を絶たず、2013年に最高ウラマー会議のメンバーだったサーリフ・ルヘイダーンが「女性の運転は卵巣に影響を与え、骨盤を上に押し上げることになる。そのため、日常的に運転している女性にはさまざまな程度の障碍をもつ子どもが生まれる」と主張、さすがにこれはサウジ国内でも激しく批判が出て、逆に女性の運転を否定する保守派の時代錯誤的な立場を浮き立たせる結果となってしまった(サウジの有名なコメディアン、ヒシャーム・ファギーフの「No Woman No Drive」には、この「卵巣」を皮肉った歌詞が出てくる)。

つい最近でもサァド・ヒジュリーという説教師が、女性は知性が男性の4分の1しかないので、運転すべきではないと暴言を吐き、当局から活動を禁止させられている。あとで彼はうっかり口を滑らせたと弁解しているが、インターネット上に散らばる彼の発言をみるかぎり、うっかりとは思えない。本気でそう思っているとしか考えられないだろう。

イメージアップのための広報戦略にすぎないのか

宗教の役割は減少したとはいえ、完全に無視するわけにもいかず、2017年の最高命令でも最高ウラマー会議に諮ったことが明記されている。そして同会議もこの件について新たな声明を発表し、「女性の運転に関するウラマーのファトワー(宗教判断)はすべて利益と腐敗に関わるもので、運転そのものに反対しているわけではなかった。運転については誰も禁止していない」と述べている。

誰も禁止していないと断言してしまうのもすごいが、そういわれれば、たしかに先に引用したビンバーズの「裁定」も「ファトワー」ではなかった。ファトワーじゃなきゃいいのかと茶々も入れたくなるが、こうした点は宗教界としても譲れないところなのだろう。また、最高命令でもウラマー会議の声明でも「ウラマーの大多数」といった文言がみられ、少なくとも全会一致ではない、反対意見もあったことが示唆されている。

女性の運転許可は、サウジ現体制のイメージアップのための広報戦略にすぎないとの批判もあるが、サウジ社会にとって大きな前進であることはまちがいない。問題はこの前進をとめてはならないことだ。女性の権利はこの国においてまだまだ不十分であり、女性の経済面での活躍がなければ、サウジアラビアが進めている脱石油依存体制プロジェクト(サウジ・ビジョン2030)の成功もおぼつかないはずである。

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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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