コラム

日本人の安全保障意識を変えた首相......安倍が残した真のレガシー

2020年09月01日(火)18時00分

自衛隊記念日観閲式に出席した安倍(2018年10月14日、陸上自衛隊朝霞訓練場) KIM KYUNG HOON-REUTERS

<安全保障上の能力を強化することに腐心した安倍首相。スピード感に欠けると批判する論者もいるが、その「遅さ」によって日本の政治文化や国民の思考を変えてきた>

安倍晋三首相の辞任は、第2次大戦後の国際秩序、すなわちルールに基づく国際システムを守りたいと考える世界中の人々にとって大きな損失と言わざるを得ない。

第2次大戦後、最初は当時の共産主義超大国であるソ連が、そして近年は中国がこの国際秩序に挑んできた。そうした挑戦をはねのける上で大きな役割を果たしてきたのは、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本の5カ国。言ってみれば「ビッグ・ファイブ」だ。

しかし、ここにきて状況が変わり始めている。いまアメリカを率いるリーダーは、気まぐれで孤立主義的なドナルド・トランプ大統領だ。イギリスのボリス・ジョンソン首相も、無定見で利己主義的な行動に終始している。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は一貫して国際協調主義的な行動を取ってきたが、退任の時期が近づいている。

安倍の辞任により、第2次大戦後の国際秩序の守り手として手腕を期待できる存在は、フランスのエマニュエル・マクロン大統領だけになってしまった。ロシアに皇帝のごとく君臨するウラジーミル・プーチン大統領や、中国の皇帝と言っても過言でない習近平(シー・チンピン)国家主席の領土拡大主義的行動を押しとどめることは、マクロン一人では不可能だ。

安倍は、第2次大戦後の日本で最も成果を上げた首相と言えるだろう。首相在任期間を通じて、日本の国益を追求するために自国の国際的役割を拡大させ、ルール重視の国際秩序を守ろうとしてきた。安倍が目指したのは、アメリカが国際的役割を縮小させることで生じる空白を埋め、不安定化するアジアの安全保障環境に対応することだった。

日本に完全な安全保障上の能力を持たせようとする安倍の路線は、次の首相も引き継ぐだろう。しかし、自国にできることの範囲を少しずつ押し広げていくための知恵に関しては、安倍に肩を並べる者はおそらくいない。

「鉄の拳」と「いずも」

安倍が日本の安全保障の在り方にもたらした変化を最もくっきりと映し出していたのは、今年2月にカリフォルニア州サンディエゴ沖に浮かぶサンクレメンテ島で見られた光景かもしれない。

陸上自衛隊の離島防衛専門部隊「水陸機動団」の隊員300人が米海兵隊と合同で、この島への上陸訓練を行ったのだ。「アイアン・フィスト(鉄の拳)2020」と名付られた演習である。

この水陸機動団は、安倍政権下で2018年に創設された(3000人規模)。これにより、日本は第2次大戦後初めて、離島に兵力を送り込んで上陸作戦を行う能力を持ったことになる。水陸機動団の創設と「アイアン・フィスト2020」の実施は、日本の領海内と南シナ海を視野に入れた離島防衛能力強化の一環と位置付けられる。

【関連記事】安倍首相の辞任表明に対する海外の反応は?
【関連記事】安倍晋三は「顔の見えない日本」の地位を引き上げた

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story