コラム

窮地のトランプは「法と秩序」カードで68年ニクソン勝利の再現を狙う

2020年06月17日(水)19時30分

人種差別抗議デモが全米に広がるなか警察改革の大統領令に署名したトランプ(16日) Leah Millis-REUTERS

<新型コロナ流行、経済の崩壊、人種差別への抗議デモ──。3つの危機はトランプ再選の足かせとなりそうだが、トランプの勝算とは>

新型コロナウイルスによって11万人以上が命を落とし、4000万人が失業し、過去52年間経験したことのない大規模なデモが続くアメリカで、史上最も重要な意味を持つ大統領選が11月に行われる。アメリカは3つの危機──2つの社会的変化と、前回アメリカが(暴動や抗議デモで)大混乱に陥った1968年とは全く異なる社会環境──の中で国家の命運を決めることになる。

選挙情勢はドナルド・トランプ大統領の対抗馬となる民主党候補のジョー・バイデン前副大統領に有利にみえる。だがこの大混乱と社会の分断にもかかわらず、トランプが再選を勝ち取る可能性は十分にある。米国民の投票行動を左右するのは3つの社会的・経済的混乱だ。新型コロナウイルスの世界的大流行と、それによる米経済の崩壊、そしてミネアポリスで非武装の黒人ジョージ・フロイドが白人警官に殺害された事件を機に全米750以上の都市で続いている人種差別抗議デモである。

フロイドの事件は悲しい歴史の最新の一例にすぎない。警察が黒人を殺害する確率は白人の2.5倍。今回は暴行シーンの録画映像があったため、無数のアメリカ人が路上に繰り出して「黒人の命も大事」と叫び、遅まきながら、全ての国民に公平に正義がもたらされるよう要求している。

3つの危機はどれもトランプ再選の足かせとなりそうだ。アメリカが「制御不能」だと感じる国民は80%に達し、トランプ政権のコロナ対策を不十分と考える人は53%。経済が「好調」と答えた人は5%だった。また、圧倒的多数が人種差別への抗議デモを支持し、デモ隊を「暴力的」「テロリスト」とするトランプの主張を否定している。

最新の世論調査では、トランプは42%対49%でバイデンにリードを許している。しかもアリゾナ、コロラド、フロリダ、メーン、ミネソタ、ネバダなど勝敗を分ける「激戦州」でもトランプの支持率はバイデンより低い。あらゆる面で、11月の勝負はトランプに不利に思える。

とはいえ、選挙では感覚が現実を凌駕する。コロナと経済の苦境、社会不安という危機を「法と秩序」を求める恐怖心のレンズを介して眺めるか、救いの手を差し伸べるべきという呼び掛けと見なすかによって有権者の投票先は変わる。

フロイド殺害をめぐり国民の怒りが爆発して以来、トランプは「法と秩序」のカードを切ってきた。共和党の伝統的な手法だ。一方のバイデンは全体主義的でスキャンダラスなトランプへの対立軸として、国民を結束させる道徳的な路線を提示。医療や経済的公正さ、社会正義に関する改革も提言する。これは民主党の伝統的な手法だ。

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プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

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