コラム

香港デモへの頑なな強硬姿勢は、むしろ中国の共産党体制を危うくしている

2019年08月27日(火)11時09分

政治的自由を求めて「人間の鎖」をつくる香港の人々(8月23日) KAI PFAFFENBACHーREUTERS

<新疆やチベットに飛び火することを恐れる中国政府が譲歩することは考えにくいが......>

いま香港で起きているデモは、香港の未来だけでなく、中国共産党政権の未来も左右する──この点では、私の認識と中国政府の認識は一致しているように見える。

香港と中国の未来は、習近平国家主席の歴史観とリーダーシップ観に懸かっている。共産党政権を築いた毛沢東は建前上、儒教文化の因習を取り除くことに努めた。しかしその半面、毛は中国の儒教的専制政治の伝統にのっとって国を治めた。その考え方の下では、権威に反抗することは社会と政治の調和を乱す行為として否定される。習も同様だ。

いま習が恐れているのは、もし香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官がデモ隊の要求に屈すれば、国内のほかの地域にも危機が飛び火しかねないということだ。

抗議活動の発端になった逃亡犯条例改正案を撤回し、司法の独立と民主的制度の存続を受け入れれば、新疆ウイグル自治区やチベット自治区などでも自治拡大を求める声が強まる可能性がある。共産党の支配体制そのものにひびが入らないとも限らない。

中国共産党はこれまで、国民を経済的に豊かにし、排外主義的ナショナリズムをあおり、問題の責任を外国勢力に押し付けるという3つの手法を組み合わせることにより、国民の支持を固めてきた。

林鄭が今回取った行動は、このパターンどおりだ。香港政府は先頃、24 億ドルの景気対策を発表する一方、デモが長引けば香港経済に甚大な経済的打撃が生じると警告した。

習近平が直面する袋小路

同様に、中国のプロパガンダ機関が「外国分子」を非難しているのも意外ではない。具体的には、アメリカのCIAと旧宗主国のイギリスがデモの背後にいると主張している。中国政府は、30年前の天安門事件のときもCIAが民主派をたきつけたと批判し、その後も事あるごとにCIAを非難してきた。

ばかげた主張だが、多くの国民はそれを真実だと思い込むものだ。少なくとも、中国政府に批判の矛先が向かないようにするには役立つ。これは、CIA流の表現で言えば、「何も認めず、全てを否定し、反論する」という手法に当たる。

もっとも、今日の香港市民は本当のことを知っている。市民の大半はデモの継続を支持し、過半数はデモ隊がもっと強硬な姿勢で臨むべきだと考えている。これまでのところ香港市民は、司法の独立と政治的自由を経済的損得より重視している。

今後、習はどのような行動を取るのか。実はあまり好ましい選択肢がない。デモ隊の要求を受け入れれば、国内のほかの地域で同様の要求に火を付けかねない。しかし、弾圧に踏み切れば、香港と中国の経済に深刻な打撃が及ぶ。中国のエリート層が香港に多大な投資をしていることも忘れるわけにいかない。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット

ビジネス

米新規失業保険申請、3.3万件減の23.1万件 予

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story