コラム

トランプ「スパイ」説を追え

2017年12月05日(火)16時30分

マネー

トランプは金で動く。そして法執行機関や諜報の世界では「金の流れを追え」が鉄則だ。過去に破産を4度申請したトランプの懐には、ロシア側から数億ドルが流れ込んでいる。

いい例が、カナダにあったトランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワー・トロントをめぐって、ロシア絡みの巨額の金が動いたことだ。

トランプがフロリダ州に所有する邸宅を、ロシア情報機関とつながるロシア人投資家が約9500万ドルで購入した一件もある。およそ2500万ドルの評価額を大幅に上回る値段で買った投資家は、この「別荘」に一度も滞在したことがない。

トランプの選挙対策本部長だったポール・マナフォートはマネーロンダリング(資金洗浄)やオリガルヒ(新興財閥)との共謀などの罪状で正式起訴された。ロシアでは大統領とオリガルヒ、秘密警察KGBの後継組織であるロシア連邦保安局(FSB)は事実上不可分の存在だ。

イデオロギー

トランプに主義や思想はない。本も読まない彼は「考え方」というより「態度」を示す。

その態度とは、孤立主義的でナショナリスト的なものだ。そんな人物が外国の情報機関と共謀するはずがないと思うかもしれないが、優秀な諜報員はターゲットの態度や望みに付け込むすべを熟知する。彼らは(外国への敵意を含めた)どんな信念も、あるいは信念の欠如をも自らの目的のために利用できる。

ロシアが目指すのは、多国間システムではなく、国家という枠組みに基づく国際秩序において影響力を行使することだ。これはトランプの主張でもある。

外交政策にまつわるトランプの発言の全てが、ロシアの外交的立場や目標に倣うものであるのは偶然ではない。

代表例がウクライナ問題だ。トランプが大統領候補に指名された共和党全国大会で採択された党政策綱領では、ウクライナ問題への対応が変化。ロシアの行動を敵視する共和党の方針は、トランプの下でロシア外務省と足並みをそろえるものになった。

トランプは米議会が圧倒的多数で可決した対ロシア経済制裁強化案に署名したものの、その内容に強い不満を唱えた。さらにツイートで大勢の個人を攻撃しながらも、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領のことは一度たりとも批判せず、ひたすら称賛している。

脅迫

性的な言動をネタに政治家を脅す、と聞くとニュース的には刺激的だが、トランプには効き目がない。トランプは、過去の女遊びやわいせつな言動を批判されても、気にも留めないし、むしろ「男の勲章」くらいにしか思っていない。

トランプが大統領に就任する直前の今年1月、13年にモスクワを訪問したときの乱行ぶりが、ロシアの情報機関に動画などで記録されているとする報告書が明るみに出た(この報告書は民主党陣営の一部資金で作成されたことが明らかになっている)。

米下院情報特別委員会は11月7日、長年トランプのボディーガードを務めたキース・シラーを召喚して、13年のモスクワ訪問について質問した。シラーの証言によると、「(トランプの宿泊する)部屋に複数の女性」を派遣するという提案を受けたが、シラーが断ったという。

しかし、たとえ調査報告書の内容が事実で、本当にロシアがトランプのセックスビデオを持っていたとしても、それを使ってトランプを脅迫するのは、おそらく難しいだろう。

それに実のところ、トランプがモスクワを初訪問したのは87年だ。ロシアの情報機関が、ターゲットになりそうな人物の「コンプロマット(ダメージ情報)」を集めるのは通常のこと。女たらしを自負するトランプのことだから、セックスビデオが存在しても不思議はない。

エゴ

トランプの病的なほど不安定で巨大なエゴは、彼の最大の弱点だ。フランスのエマニュエル・マクロン大統領やサウジアラビアのサルマン国王、日本の安倍晋三首相、さらには中国の習近平(シー・チンピン)国家主席など、外国首脳はこのことにすぐに気付いて、利用し始めた。

とにかくトランプの顔を立てて、接待攻勢をかければ、「最高の友情」と「歴史的歓迎」に大満足して、こちらの希望をかなえてくれる。トランプは過去を根に持つタイプだが、基本的には間抜けだ。ロシアが87年以降、それを直接的・間接的に利用してきたのは間違いない。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

米国株式市場=S&Pとナスダック下落、ネットフリッ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story