コラム

ゼレンスキー演説「真珠湾攻撃」言及でウクライナの支持やめる人の勘違い

2022年03月19日(土)13時22分

とは言え、真珠湾攻撃によって米民間人では68人が死んだ。戦後日本側が刊行した戦史叢書第10巻「ハワイ作戦」によると、同攻撃による米民間人死者は68名、負傷35名となっている。この中には米看護師も含まれている。まずこの数字が正しいであろう。単純に軍事目標を狙ったとしても、精密爆撃が確立した現代戦ですら民間人が巻き添えになるのだから、81年前の当時は言うに及ばずである。この死傷者には米側の誤射や対空砲火の破片落下で死んだ民間人も含まれているが、日本軍が真珠湾を攻撃しなければ米軍は対空砲火をする必要がなく誤射も発生しないので、この付属事実を以て真珠湾攻撃を正当化する理屈にはならない。

としても、真珠湾攻撃の報復として広島・長崎の原爆投下を「仕方がない」と許容する日本人も現在ではごく少数である。数の問題ではない、というが数の問題だ。真珠湾68人と、二発の原爆で焼き殺された非戦闘員は少なく見積もっても20万人である。東京大空襲および各都市への空襲、沖縄戦等を合わせるとあの戦争で日本の民間人は60万人は死んでいる。68対600,000ではあまりにも非戦闘員への殺戮の度合いが違う、というのは日本側の心情としては確かにそうなのだが、それが「日本軍は紳士的な攻撃をやった」というところまで飛躍するとこれまた歴史修正史観である。

日本の保守派は、真珠湾攻撃を「軍施設のみを標的とした紳士的攻撃」にしたいという心情が働き、そもそも真珠湾攻撃を「アメリカが事前に知りながら、対枢軸参戦の切っ掛けのために放置していた」とか、「それがためにオアフ島から米空母を逃がしておいた」等という陰謀史観に結び付けるきらいがある。これらは歴史学者の秦郁彦氏の『陰謀史観』(新潮社)によってすべて完全に否定されている。確かにアメリカは日本の攻撃を警戒していたが、その主目的をフィリピン方面だと考えハワイの防備を軽視していた。また真珠湾に米空母(エンタープライズ)が居なかったのは、意図的に逃がしたからではなく、エンタープライズは真珠湾攻撃の1週間近く前にウェーク島への戦闘機輸送に就いていたから真珠湾に停泊していなかっただけで偶然である。そもそも航空母艦の重要性が強烈に認識されたのは真珠湾攻撃以降なので、原因と結果が逆転している。尤も、仮にエンタープライズが真珠湾攻撃で撃沈されていても、アメリカの造船能力をもってすれば日本敗北の結論は変わらなかったであろう。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

UAE、イスラエル・イラン紛争巡り「無計画で無謀な

ワールド

トランプ氏、イラン核兵器保有「かなり近い」 国家情

ワールド

メキシコ大統領、トランプ氏と電話会談 懸案の合意に

ビジネス

米国株式市場=反落、中東情勢巡る懸念で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story