コラム

ゼレンスキー演説「真珠湾攻撃」言及でウクライナの支持やめる人の勘違い

2022年03月19日(土)13時22分

真珠湾攻撃を「軍施設のみを標的とした紳士的攻撃」にしたいという心情は、拡大すると「あの戦争は正しかったのだ」という史観に結びつきかねない。しかし、結果的に宣戦布告が遅れたがゆえに「卑劣」とされた奇襲攻撃であっても、仮に宣戦布告直後になされた奇襲攻撃であっても、戦争に「紳士的な攻撃」などというものは無い。まして日本軍だけが「軍施設のみを標的とした紳士的攻撃」を徹底したという事はあり得ない。

その証拠に日本軍は、日中戦争では中国各地を爆撃し、とりわけ蒋介石が南京陥落後、重慶に遷都するや否や、執拗に重慶を爆撃して多数の非戦闘員を焼き殺している。戦略爆撃の先駆者は寧ろ日本軍であった。南方作戦が進展すると、日本軍は連合軍の退避地でもあった北部オーストラリアを1943年まで計97回に亘って執拗に空襲した。中でも最大規模であった1942年2月のダーウィン空襲では、オーストラリアの民間人を含む243名を焼き殺している。2018年11月16日、安倍晋三首相(当時)は、ダーウィンを訪問し慰霊碑に献花している。「軍施設のみを標的とした紳士的攻撃」など、古今東西、如何なる戦争に於いてもありえないのである。

よってゼレンスキー大統領が米議会で「9.11」と「真珠湾攻撃」を同列に扱うのは、日本人の心情としては神経質になる部分はあるとしても、「一方的に攻撃された側」の心情としてはやはり同列に扱われても抗弁しようがないのではないか。

真珠湾攻撃全体で死んだ米兵は約2,300名(正確には2,334名)である。そもそも軍人なら奇襲して殺してもよいのか、という視点が真珠湾攻撃正当化の理屈には決定的に欠落している。もし、中国や北朝鮮の先制奇襲攻撃により、小松基地や朝霞の駐屯地が攻撃され、自衛隊員(自衛隊員=軍人か否かの議論はさておき)が2,300名焼き殺され、付随して68名の民間人が死んだとする。それを以て保守派は中国や北朝鮮の先制奇襲攻撃を「軍事目標に的を絞った紳士的な攻撃」と見做すのだろうか。保守派に限らず、日本人全体が烈火のごとく怒り狂うだろう。それでも全然怒らない、という者だけがゼレンスキー大統領に石を投げたらよい。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正-G7閉幕で石破首相が会見、中東混乱でガソリン

ワールド

デンマーク、グリーンランド投資強化と外交権限拡大付

ビジネス

ペメックス未払いで「危機」、石油サービス業界が操業

ワールド

ボーイング787に重大な問題なし、墜落事故同型機 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 10
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story