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日本社会

全体で「合わせる」とは?──日本の「会議文化」と歌舞伎や能の音楽には「意外な共通点」があった

2025年10月22日(水)11時05分
鎌田紗弓(東京文化財研究所 研究員)
能

365 Focus Photography-shutterstock


<いつ、どのようにコミュニケーションをとるか?...日本特有の企業文化と伝統音楽に見る調和のかたち>


カルチャー・マップに見る日本の「矛盾」

海外拠点の(おそらく)現地社員ジャック・シェルドンは、製品開発試験の継続を訴えるプレゼンテーションを入念に準備して、会議に臨んだ。

ところが、日本側が試験中止を提案したとたん、「すでに決まっているかのように」議事が進み、彼は憤る。会議とは、決定を導くために、議論を白熱させる場ではなかったのか――。

これはエリン・メイヤーの『異文化理解力』(田岡恵監訳、樋口武志訳、2015)の、日本の製薬企業の会議についてのエピソードだ。根回しをし、書類を回して関係者で稟議したうえで会議が開かれることは、日本ではありふれた光景だが、実は特異なプロセスらしい。

異なる文化的背景の人がともに働くとき、そこには個人の性格だけでなく互いの文化の問題がある。同書は、文化的差異が出やすい8つの指標で世界各国の傾向を「カルチャー・マップ」にマッピングし、相互理解のヒントとしようとする著作である。

同書での日本の位置は、きわめて例外的だ。一般的な傾向としては、上下の距離が近い平等主義なら意思決定は全体の合意志向で、逆に上司と部下の距離が保たれる階層主義なら決断がトップダウン式だという。

しかし日本は階層主義的な組織文化でありながら、意思決定の多くは事前のやりとりを経て、全体の合意で決まる。先のエピソードは、この「一見矛盾したパターン」(p.193)の象徴として描かれている。

上下関係を保ちながらも、全体で合意をつくっていく。そこから私は、日本の伝統音楽における合奏を思い起こした。全体をどのように「合わせる」かという問いは、音楽における合奏の捉え方にも通じているからだ。

伝統音楽合奏のリズムに出会う

ピアノや吹奏楽部を通じて音楽にふれていた私にとって、日本の伝統音楽は、最初ほとんど「異文化」だった。大学に入って新しく出会ったその実演は、さまざまな驚きに満ちていた。

たとえば、映画『国宝』の予告編には、踊る役者の後方に、唄・三味線・打楽器・笛と10人以上の演奏者が映る(0:08あたり)。

映画『国宝』予告編/東宝MOVIEチャンネル

そこに指揮者はおらず、しかし横並びの演者同士があからさまに合図しあう様子もない。それでも広い舞台を一体として支える演奏が成り立っている。

しかも、ときには微妙にタイミングをずらして余韻を残し、雰囲気を変えることさえある。合わせながらも、「揃えすぎず」に、場に応じた調整が行われているのだ。

ふりかえれば、このような合奏のリズムの面白さから、私は日本の伝統音楽へ興味をひかれていった。

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