コラム

ウクライナの「ナチ化」を防ぐ、というプーチンの主張はロシア兵にも空虚に響く

2022年02月28日(月)14時09分

無論いかなる理由があろうと、ウクライナからクリミアをもぎ取り、内乱を煽って東部の州を独立させることに正当性は存在しえないが、確かに2010年以降のウクライナでの極右勢力の台頭は欧米側からも懸念されており、ヤヌコーヴィチ政権崩壊に際して、アメリカなどが極右政党に接触していたことに批判があったのも事実だ。

しかし、現在の「全ウクライナ連合『自由』」は当時と比べると退潮傾向が大きい。もちろん政権に参画もしていない。ところがロシアでは、ウクライナの極右勢力が衰退すればするほど、ウクライナ政権のナチス化が強調されているという。つまり、ウクライナ政権へのロシア側の「ナチス化」批判は事実に基づいてはいないということができる。

東部戦線での極右勢力の台頭

中央政治はともかく、2月24日以前から戦闘が続いているウクライナ東部では、ネオナチ極右勢力が義勇兵として、ウクライナから独立を宣言した勢力と戦っていることが報告されている。この地域ではウクライナだけでなく欧州全体から反ロシア系の右翼が集まっており、ハーケンクロイツが掲げられたこともあったという。2015年には、ウクライナの準軍事組織であるアゾフ連隊がハーケンクロイツを掲げるネオナチであるという報道が、ロシアだけでなくアメリカでも出たことによって、アメリカ議会はアゾフ連隊に対する武器供与の支援を取りやめる決定を下した。

ただしこの地域で、ロシア側が主張するようなネオナチによるロシア系住民への虐殺や迫害が行われているという証拠はない。また上述のように、ネオナチの懸念がある団体に対しては、欧米諸国はむしろ支援を取りやめているのであって、NATO諸国によってネオナチが支援されているというプーチンの主張には根拠がないといえる。

「ナチスとの戦い」には無理がある

ロシア(旧ソビエト連邦)は、第二次世界大戦(「大祖国戦争」)でナチスドイツと死闘を繰り広げた。その歴史はロシア人のアイデンティティの一つになっているので、一般論としては、国内のナショナリズムに訴えかけるには「ナチスとの戦い」は有効な物語といえる。従ってプーチンもその物語に固執しているのだろう。

ただし今回のウクライナを対象に、「ナチスとの戦い」を想起させようとしたことに関していえば、既に述べたように矛盾が大きく、説得力がなく、浸透させるのは難しいようだ。ホロコースト・ミュージアムのような機関も、ロシアによるナチスの恣意的利用を批判している。ロシア軍の士気が低いという報道が正しいのであれば、兵士たちにすらこの物語は伝わってないのではないか。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資

ワールド

イスラエルがシリア攻撃、少数派保護理由に 首都近郊

ワールド

学生が米テキサス大学と州知事を提訴、ガザ抗議デモ巡

ワールド

豪住宅価格、4月は過去最高 関税リスクで販売は減少
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story