コラム

入管法「改正」案、成立すれば日本は極右の理想郷になる?

2021年05月10日(月)06時31分

2015年のシリア難民危機でドイツは人道上の理由で大量の難民を受け入れたが、混乱も大きく、メルケル首相は政策の失敗を表明せざるをえなくなった。しかしそれとは別に、ドイツは毎年数万人の難民を受け入れている。問題になったのは、シリアから十万単位で来るイレギュラーな難民なのであった。欧州の国々では、一定の難民を受け入れる理念を共有したうえで、その量についての議論が行われている。そこで難民受け入れを最も拒否する人々は極右と呼ばれるが、たとえばフランスの国民党のように、ヨーロッパの極右が理想としているのは日本の入管法なのだ。

2011年、ノルウェーで排外主義的動機から連続テロ事件を起こして77人を殺害したアンネシュ・ベーリング・ブレイビクは、多文化主義に否定的な理想国家として日本と韓国をあげている。もし今回、日本の入管法がさらに改悪されるなら、日本は欧米の極右にとっての理想国家どころか、王道楽土といってよいかもしれない。

入管における人権侵害

難民認定の過剰な少なさだけではない。日本の入管制度は特に人権侵害が酷いことで知られている。法案の審議では、3月に名古屋入管に収容されていたスリランカ出身の女性が亡くなったが、体調が著しく悪化していたにもかかわらず、満足な医療行為を受けさせなかった入管の対応が問題視されている。


入管では、1997年から数えて20人の収容者が死亡している。2020年11月にはインドネシア出身の男性が死亡したばかりだ。個別のケースをみると、今回の事件と同じように、明らかに入管の不作為によって死亡した収容者も多い。たとえば2014年には同じスリランカ出身の男性が、意識不明の状態で発見され、死亡した。彼はその直前に体調不良を訴えたにもかかわらず医師の診察を受けられていなかった。

入国管理局では狭い部屋に何人も押し込められ、満足な運動もさせてもらえず、食事も劣悪ということで、体調を崩す者が多発している。完全に病気になってしまった場合は仮放免されるが、治療費は自己負担であり、保険に入ることもできないため十分な医療にかかることができない人も多い。

収容が一時的に停止される仮放免はなかなか許可がおりることはない。またおりたとしても、就労できないなどの大きな制限があり、NPO・NGOなどの支援によって最低限生きながらえることしかできない。しかも入管の恣意的な判断で、突如として再収用される可能性もある。

入管が収容者を人間とみなしていないことを証明するエピソードとしては、2011年の東日本大震災があげられる。当時は東京でも震度5強の地震が発生したが、そのとき東京入管は収容者を部屋に押し込め鍵をかけたのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英製薬アストラゼネカ、米国への上場移転を検討=英紙

ワールド

米EV推進団体、税額控除維持を下院に要請 上院の法

ビジネス

マネタリーベース6月は前年比3.5%減、10カ月連

ワールド

トランプ氏、義理の娘を引退上院議員後任候補に起用の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 9
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story