コラム

ドイツも苦しむ極右監視と人権のジレンマ

2021年03月09日(火)16時04分

モーラーの弟子で現在の「新右翼」のフィクサーとされるゲッツ・クビチェクに後援されていたのが、AfDの極右グループ「翼」の指導者ビョルン・ヘッケだ。彼は「翼」の解散後も、2019年州議会選挙で躍進したテューリンゲン州の党代表として精力的に活動している。

ヘッケは党内の民族至上主義を代表するだけでなく、ベルリンのホロコースト記念碑を「恥の記憶」と呼んでユダヤ人迫害の記憶の継承に反対し、またホロコースト否定を「表現の自由」として擁護するなど反ユダヤ主義的な人物でもある。しかし、彼の問題発言について党はせいぜい「懲戒」処分を下すのみで、彼の勢力を排除することはできなかった。

裁判所による措置の差し止めとその影響

憲法擁護庁は逮捕権・捜査権のような警察権力を持たない。しかし、いかに極右的な志向を持つ政党だろうと、国家の側が事実上その活動に圧力をかけることについては、最大限の慎重さが求められる。

AfDはこの措置に対して、当然ながら裁判所に異議申し立てを行った。これを受けてケルンの行政裁判所は、一政党の政治的機会を奪うには十分な検討がなされていないとして、憲法擁護庁による監視措置を当面の間差し止めた。

党の監視が明らかになった直後は、今年予定されている総選挙への影響が懸念されていた。しかしこの裁判所の判断によって、むしろAfDに追い風が吹く可能性もある。難民問題が国家的トピックであった2019年までと比べて、2020年以降はコロナウイルスへの対応が国家の最重要課題となっている。他の国の極右ポピュリズム政党がそうであるように、AfDはコロナウイルスの被害を過小評価し、感染拡大を抑制するためのロックダウンやマスク義務化に否定的であった。その方針はあまり支持を集められず、党勢は伸び悩んでいた。しかし今後の支持率がどうなるか予測するのは難しくなった。

「戦う民主主義」のむずかしさ

ドイツでは、この憲法擁護庁の決定および裁判所の判断について各メディアで議論が巻き起こっている。ナチスによって民主国家を内側から切り崩された経験を持つドイツにとって、自由と民主をいかに維持するかは政治的に敏感な問題なのだ。

ドイツに限らず、民主主義がそれを否定する勢力によって破壊される危険性はどの国でも常に存在する。日本の憲法秩序は「戦う民主主義」を採用していないとされている。しかし、1948年に出版された、「文部省著作教科書」である『民主主義』の中では、こうした「民主主義の落とし穴」への警告がなされていた。ほととぎすの托卵を例に出し、民主主義というシステムは、多様性を尊重するがゆえに反民主主義的な勢力をも育成してしまい、民主主義そのものを崩壊させてしまう可能性があるので、国民はその危険性に注意せよと説いている。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の出生権主義見直し、地裁が再び差し止め 

ワールド

米国務長官、ASEAN地域の重要性強調 関税攻勢の

ワールド

英仏、核抑止力で「歴史的」連携 首脳が合意

ビジネス

米エヌビディア時価総額、終値ベースで4兆ドル突破
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 8
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    昼寝中のはずが...モニターが映し出した赤ちゃんの「…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story