コラム

ペシャワル爆発でタリバンと難民危機

2009年06月10日(水)11時18分

 アフガニスタン国境に近いパキスタン北西辺境州ペシャワルにある高級ホテル、パールコンチネンタルで9日夜にあった爆発はもちろん、被害を意図した攻撃だった。

 だが影響は、直接の人的・物的被害やペシャワルの住民が受けた心理的打撃、アメリカのパキスタン政策に対する象徴的な攻撃というだけにとどまらない。おそらくもっと致命的な結果が、今後数日の間に明らかになる。この地域には、過去数週間に家を出て避難した避難民が300万人近くいる。今度の爆発の結果、彼らに援助が届きにくくなるのである。

■軍の都合で家を追われた人々

 少し背景を説明しよう。先月、パキスタン軍が北西辺境州のスワト地区でタリバンなどイスラム武装勢力掃討作戦を始めたとき、政府は住民に避難するよう警告した。軍は敵を「あぶり出す」ため、重火器や空からの攻撃などあらゆる軍事作戦を総動員するつもりだったのだから、これは驚くにあたらない。

 その結果、彼らがタリバンの主要人物を一人でも捕まえたのかどうかは不明だが、代わりに得たのは足元の難民危機だ。「ルワンダ内戦以来の人口大移動だ」と、国際シンクタンク「国際危機グループ」のアナリスト、サミーナ・アーメドは言う。

 この危機で特徴的なのは、難民の80~90%が、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が大急ぎで増設している難民キャンプに住んでいないこと。代わりに、赤の他人の家に身を寄せている。最近この地域を訪ねたアーメドは、一つの部屋に30~40人が住んでいるのを見たという。

 住人たちは今のところ難民を受け入れているが、彼らの蓄えもいずれ底を突く。アーメドは、少なくとも冬が終わるまであと1年間は、難民は帰宅できないとみる。だとすれば、難民を受け入れているホストファミリーのほうにかなりの支援をしなければならない。

■タリバンの格好のリクルート対象

 ペシャワルの爆発が影響してくるのはこの点だ。パールコンチネンタルには、UNHCRを含む多くの国連機関が事務所を構えていた。今年、相次ぐ爆弾テロで首都イスラマバードが機能不全に陥ったように、ペシャワルも同じことになる危険性がある。もし国際機関のスタッフが警戒を強めれば(無理もないが)、彼らは遠い難民キャンプやホストファミリーの家まで出かけなくなる。援助活動の規模も縮小され、他人任せの部分も出てくるだろう。

 これは多くの点できわめて好ましくない結果をもたらす。特にパキスタンのタリバン掃討作戦には大打撃だ。難民たちの怒りや嫌悪、絶望が増す今後数カ月間、彼らがイスラム武装勢力の格好のリクルート対象になるのではないか、と専門家は懸念する。

 国際機関や政府の手が届かない真空を埋めるのは、武装組織以外にない。アーメドは言う。「過激派グループはすでに食料や救急車、医療施設をもっている。そして肉体のみならず精神の救済も約束している」

――エリザベス・ディッキンソン

Reprinted with permission from FP Passport, 10/6/2009. © 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ポーランド、最後のロシア総領事館閉鎖へ 鉄道爆破関

ビジネス

金融規制緩和、FRBバランスシート縮小につながる可

ワールド

サマーズ氏、オープンAI取締役辞任 エプスタイン元

ワールド

ゼレンスキー氏、トルコ訪問 エルドアン大統領と会談
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story