コラム

親日だけじゃないジャック・シラク──フランス人が愛した最後の大統領

2019年10月01日(火)10時00分

フランスの若い世代からはますます好かれ、70歳になっても衰えを見せませんでした。2002年には堂々と極右を破り、2度目の大統領選で勝利。しかし次の5年は下り坂でした。黄昏の兆候は2003年の夏に表れました。フランス国内が歴史的な猛暑に襲われ、高齢者の死が相次ぐ中、シラクは涼しいカナダで夏休みを過ごしました。世論は激怒、支持率も下落しました。

パリでは暴動が起き、失業率も上昇。フランスのテレビ討論番組に出て若い世代とディベートしても、「君たちを理解できない」と、孫のような若い世代との距離を生放送で認め、顔を曇らせたこともありました。

大統領を辞めた後の2010年代には、パリ市長時代の金銭スキャンダルやレバノン元首相からパリの豪邸をプレゼントされていた問題などで支持率が下がり、訴訟、裁判の連続でした。重い神経認知機能障害(認知症)も発見され、ベルナデット夫人との溝が深まり、ますます孤立します。2016年、最愛の娘で身体障害者のローランスが58歳でなくなり、シラクは伝説的な闘争心まで失い、病がさらに悪化して、自宅からほとんど外出しなくなります。ニュースで、公の場に何年も姿を見せなかった、と言われていたのはこのためです。

そして今年の9月27日、86歳で亡くなりました。

博識、驚異の記憶力、気配り

右派左派問わず、大勢のフランス人から愛され、とにかく教養と個性、カリスマある最後の大統領でした。ニコラ・サルコジが大統領に就任した2007年以降はテクノクラート系の大統領が続き、シラクのようにフランクで人間味のある政治家は珍しくなりました。

シラクはドナルド・トランプや習近平にも負けない大柄で、素晴らしいバリトンの声をしていました。外国訪問の際は、その国の文化についての博識ぶりで訪問先を驚かせました。人の名前を一度聞いたら忘れない驚異的な記憶力は伝説になり、他党の議員やエリゼ宮(大統領府)のスタッフなど周囲に対する気配りには誰もが脱帽したものでした。

シラクはロシア語もできて、ロシア、中国、日本などの伝統と歴史ある文化を大変尊敬していました。アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカの原始美術に捧げられたパリ7区のケ・ブランリー美術館がジャック・シラクの名を冠することになったほどのアート好きで、現代アートも好む包容力のある知識人でした。

とにかく人が好きで、毎年の短いバカンスでは、海辺で散歩する際に極力ボディ・ガードを付けず、地元のビストロで食事をし、必ずマルシェに顔を出しました。

ジャック・シラクは4世代にわたってフランス政界で影響力を発揮し、40年間も政治を愛し、数々の若き政治家をインスパイアしました。長身だったこともあって、文字通り最後の「ポリティカル・ジャイアント」だったと言って間違いありません。


20191008issue_cover200.jpg
※10月8日号(10月1日発売)は、「消費増税からマネーを守る 経済超入門」特集。消費税率アップで経済は悪化する? 年金減額で未来の暮らしはどうなる? 賃貸、分譲、戸建て......住宅に正解はある? 投資はそもそも万人がすべきもの? キャッシュレスはどう利用するのが正しい? 増税の今だからこそ知っておきたい経済知識を得られる特集です。


プロフィール

フローラン・ダバディ

1974年、パリ生まれ。1998年、映画雑誌『プレミア』の編集者として来日。'99~'02年、サッカー日本代表トゥルシエ監督の通訳兼アシスタントを務める。現在はスポーツキャスターやフランス文化イベントの制作に関わる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

10月米ISM製造業景気指数、8カ月連続50割れ 

ビジネス

次回FOMCまで指標注視、先週の利下げ支持=米SF

ワールド

イラン最高指導者が米非難、イスラエル支援継続なら協

ビジネス

追加利下げ急がず、インフレ高止まり=米シカゴ連銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story