コラム

中国の大気汚染を日本人は「利用」すべきだ

2013年02月18日(月)10時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔2月12日号掲載〕

 主に現地でコメンテーターとしてテレビ出演するため、1カ月に1回は中国に帰る私だが、この頃は3日程度ですぐ日本に戻りたくなる。理由は簡単。あまりに空気が悪いからだ。

 連日ニュースで話題になったのでご存じの読者も多いだろうが、最近中国各地の都市部で深刻なスモッグが発生して、国民の生活に多大な影響が出ている。ただでさえ数が少ないせいで数時間待ちの行列が当たり前の中国の病院は、今や喉や目の痛みを訴える患者でパンク寸前だ。

 北京など中国北部はこの時期、最高気温が0度という厳しい寒さを迎える。中国人は屋内暖房用として「暖気(ヌアンチー、蒸気スチーム)」をガンガンたいてこの季節を乗り切るのだが、問題はその燃料。石炭を燃やすので、大量の排ガスが出るのだ。

 この時期にスモッグが大量発生しているのは、明らかに屋内暖房用に石炭を燃やし過ぎていることが原因。だが、それ以外にももう1つ疑わしい「犯人」がいる。自動車だ。

 経済成長で自由に使えるカネが増えたため、都市部の住民は競って自家用車を買うようになった。これだけ車が増えれば当然、排ガス汚染も深刻になる。

 さらにあまり日本では知られていないが、中国では走行距離30万㌔という「ロートル(年寄り)」が当たり前のように走っている。外見はピカピカの高級車を自慢され、走行距離メーターを見たら40万キロで仰天、というケースはざらだ。こういった「ロートル」車の排ガスが新しい車よりきれいなわけがない。

■先進技術で中国に恩を売れ

 大気汚染だけではない。これも日本では大きく伝えられていないが、内陸部の山西省で昨年暮れ、化学工場から染料の原料として使われる有毒物質のアニリンが大量に漏れ出す事故が起きた。アニリンは付近の住民が水源とする川へと流れ、下流の街では断水やミネラルウオーターの買い占め騒ぎが起きた。あり得ないことだが、工場側はこの事故を5日間も隠蔽していた。

 さらにまずいことに、アニリンは工場近くの洪水調節用ダムにも流れ込んだ。このダムはふだん水が入っていないため、汚染されたのは底にたまった10万立方メートルの泥。山西省で雨が多く降る3月が来ると、このダムから汚染水がまたあふれ出し、付近の農地が汚染されることになる。つまり、この地域は環境汚染の「時限爆弾」を抱えたままなのだ。

 残念ながら、中国には有毒物質に汚染されたこの大量の土を浄化する技術はない。今も建前上は社会主義だが、事実上の土地所有権が認められた中国では、土地の安全性に関する関心が急速に高まっている。ただそれは農薬や、化学工場跡地などでの土壌汚染が想像以上に深刻なことの裏返しでもある。社会主義では土地は国家のものなので、汚れていようがいまいが、誰も気にしていなかった。

 私に言わせれば、去年の「シマ」騒ぎ以来、冷え込んだままの中国と日本の関係を立て直すポイントはここにある。日本の土壌汚染の浄化技術は中国のはるか先を行っている。数十年前に公害問題を乗り越えた日本は、大気汚染対策も先進的だ。環境悪化に苦しむ中国に救いの手を差し伸べれば、去年の反日デモで怒り狂った中国人の反日感情はあっという間に改善するだろう。

 実績もある。日本人は20年以上前から、黄砂を防ぐため、内モンゴル自治区で砂漠を緑化するボランティア活動を続けてきた。隣国の環境改善のためにタダで汗を流そうというこの運動は、今なお中国人を深く感動させている。

 中国に救いの手を差し伸べるのは、中国のためだけでもない。流れ出た汚染物質は、既に日本に到達し始めている。

 躊躇する暇はないと、対中関係の改善を目指す安倍首相には進言しておく。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、9月利下げ観測維持 米ロ首

ビジネス

米国株式市場=まちまち、ダウ一時最高値 ユナイテッ

ワールド

プーチン氏、米エクソン含む外国勢の「サハリン1」権

ワールド

カナダ首相、9月にメキシコ訪問 関税巡り関係強化へ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 5
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 9
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 10
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story