コラム

懐かしく愛おしい東京のギュウギュウ生活

2011年01月24日(月)15時01分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

 東京で暮らして12年。大学の研究休暇が取れて、昨年の春から先日までアメリカ各地の図書館を訪れ、調べものをする日々を過ごしていた。朝から晩まで図書館で過ごした後、生まれ育った故郷の道を歩くのは楽しかった。だが歩きながら、いつも不思議に思っていた。みんな一体どこに行ったのか? アメリカでは、まるで人々が注意深く「割り当てられている」みたいだ。車1台に1人、テーブル1つに1人、1区画に1人という具合に。

 東京のラッシュが懐かしかった。毎日飲んでいた「人間カフェイン」を取り上げられたような気分だ。東京に比べると、アメリカはニューヨークやシカゴのように人口密度の高い都市でさえ、空き地や空きビル、やたらと幅の広い歩道など人のいないスペースが多い。アメリカ人はその広大な国土の中で、迷子になってしまったのだろうか。

 どこに行っても人がいないことが不安だった。ある朝ブルックリン行きの電車に乗った私は、電車を降りたところであることに気付いた。駅には私以外、誰もいなかったのだ! まるで世界の終わりを描くSF映画の主人公になった気分だ。私は動揺を静めるため、目を閉じて東京の朝の混雑を思い描いた。どうやら私は混雑中毒らしい。

 そこでちょっとしたゲームをしてみた。誰とも擦れ違わず、どれだけの距離を歩けるか測ったのだ。結果はボストン3~4区画、コロラド州デンバー6~8区画、テキサス州オースティン10~20区画。これが東京なら、3~4メートルも歩けないだろう。新宿駅で10分間に見る人の数は、アメリカの都市で1週間に見る人の数より多いはずだ。

■人の、人による、人のための街

 周りに誰もいないから、アメリカ人は公の場で驚くほど周囲を気にしない。東京で周りを気遣う繊細な足さばきに慣れていた私が、アメリカ流の無防備で自己チューな歩き方に戻るのには時間がかかった。だが数カ月もすると、歩道が「自分のもの」のように思えてきて、ほかのアメリカ人と同じように、コーヒーを飲みながらうろつき回るようになった。控えめだが押しの強い「すみません!」が聞こえることもなかったからだ。

 東京の人々は流れる水が岩盤を少しずつ削るように、街を自分たちのニーズに合うように形作っていく。最も必要な場所に交番やキオスク、クリーニング店はできる。込み入った住宅街の道路を車が猛スピードで駆け抜けることもない。東京はまさに「人民の、人民による、人民のための」街なのだ。

 どれだけビルがあろうと、今でも東京の最も基本的な構成要素は人だ。東京に住む人たちは、1日のうちに人間のあらゆる姿を目にする。身ぶり手ぶりを交えて話すサラリーマン、不機嫌そうに子供を学校に送り届ける母親、フリーター、たまに見掛ける外国人......。そのすべてが、幅広いバリエーションとして、頭の中の「トーキョー人間データベース」に記録される。

 データベースが満杯になってくると、東京にはあと1人たりとも入る隙間はないようにも思える。だが私は、常に誰かの姿が目に入り、ラッシュアワーの電車の中で鏡で見る自分の顔よりも近くに他人の顔があるほうが、アメリカで感じる孤独よりも好きだ。東京にいると、より大きな人間の「種(しゅ)」とのつながりを感じる。たとえそれが、満員電車に一心不乱に駆け込む種だとしても。

 広いアメリカで静かに、のんびり歩く1年近くを過ごした後、再び満員電車や慎重な足さばきに慣れるまでには時間がかかるだろう。だが私は東京の人のうねりに戻るのが楽しみだ。コーヒーを飲みながら、わが物顔で歩道をぶらつく楽しみは諦めなければならないだろうし、時には発車寸前の電車に飛び乗るため、大急ぎで歩かなければならないかもしれないけれど。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン外相、外交優先なら米との合意可能 公正な早期

ワールド

トランプ氏、一般教書演説で「強く繁栄する米国」強調

ビジネス

インフレ2%なら利下げ可能も、生産性向上は過信すべ

ワールド

経団連、米エリオットとの非公開会合を延期 「諸事情
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 5
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 6
    「極めて危険」──ゼレンスキー、ロシアにおける北朝…
  • 7
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 8
    武士はロマンで戦ったわけではない...命を懸けた「損…
  • 9
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 10
    「IKEAも動いた...」ネグレクトされた子猿パンチと「…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 4
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 9
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story