コラム

歴史を逆行する「親捨て」日本人

2010年08月26日(木)07時35分

今週のコラムニスト:李小牧

 1988年に日本にやって来た李小牧が真っ先に買った「上等貨(高級品)」をご存知だろうか。日本語学校の学費と生活費をひねり出すため、ラブホテルの掃除や日本料理店の皿洗い、オカマバーのショーダンサーといったバイトに明け暮れていた私がまず買ったのは中国の電話加入権。値段は当時の日本円で20万円。それだけのカネがあれば中国ではマンションが1室買えた。

 電話を置いたのは中国に残した愛人のところではなく(笑)、故郷・湖南省で存命していた父親の家。今ならパソコンで瞬時にメールも送れるが、その頃の連絡手段はやはり手紙。投函しても中国に着くまで半月かかる。大金をはたいたのは、「どうしても父親に元気な自分の声を聞かせたい!」という親孝行の一心からだった。

 ちなみに現在3回目の結婚中の中国人の妻と私の2回目の離婚原因(笑)は、彼女が難病にかかった南京の母親を自分で看病したい、と言い出したからだった。妻には兄や姉もいるが、みな仕事や子育てが大変で父親も病気。当時の私はわが湖南菜館の出店や本の出版で目が回るほど忙しく、「なんでオレが料理や洗濯までしなくちゃいけないの!」と大ゲンカになったのだが、今となってみれば彼女の気持ちは痛いほどよく分かる。

 日本の高齢者が大量に行方不明になっている問題は、中国のテレビや新聞、インターネットでも大きく取り上げられている。日本全国で100歳以上のお年寄りが200人以上行方不明になっているらしいが、100歳以上がそんなにいなくなっているなら、子供に「捨てられた」100歳以下の老人はもっとたくさんいるはずだ。

■「親捨て」は中国人には理解不能

 自分の親がどこに行ったか、どこで何をしているか分からない、という感覚を理解できる中国人はおそらく1人もいない。中国人の頭の中には「孝行」を大事な教えとして説く儒教思想が染み付いているので、親を放ったらかしにしない。だから中国では1人暮らしのお年寄りがオレオレ詐欺に遭うこともない。

 農村から都市部への出稼ぎが増えているから、今後は中国でも同じような問題が起こるのでは、と思うかも知れない。しかしそれはあり得ない。夫婦が出稼ぎに出ても、その子供は農村で祖父母と一緒に暮らしているし、出稼ぎの農民は普通、都会で成功して故郷に帰ることを目指している。

「自分の親と妻と子供が一緒に川に流されたら、日本人は子供を、アメリカ人は妻を、中国人は親を真っ先に助ける」という笑い話を聞いたことがある。

 子供や妻を優先するのは人間の本能と言っていい。子供を守るのはもちろんそうだし、妻を助けるのも「子孫を残す」という動物としての本能が働くため。これに対して親をまず大事にするのは、いわば人間としての情から。私は常々「愛情」の「情」を大事にすべき、と説いている。愛はセックスに飽きたら消えるが(笑)、情はそんなこととは無関係に誰にでも注ぐことができる。

■親への「情」に欠ける日本人

 最近の日本人にはこの「情」が欠けているのではないかと思う。自分を育ててくれた親を大切にするのは古くさい考えでも何でもなく、実は一番文明的な行為だ。同じアジア人でともに漢字を使う民族なのに中国人と日本人の親についての考え方がこんなにかけ離れてしまったのは、家族に対する価値観の違いもある。

 中国人はいまだに大家族主義で、家族は多ければ多いほど幸せだと考える。私は日本人の妻と結婚したとき、新婚旅行に彼女の両親を招いて驚かれたことがある(笑)。金持ちか貧乏かは関係なく、むしろ貧しければ貧しいほど団結する。鄧小平の改革開放後の30年間、拝金主義が横行してもそこだけは変わっていない。

 これまで私は「礼を重んじる日本人は中国人より孔子の教えを守っている!」と中国人に自慢してきた。それなのに、こんなニュースが中国に伝わったら、私がウソを言っていたと思われてしまう。大昔の日本には「姥捨て山」という風習があったと聞く。安全で安心な文化大国のはずの現在の日本で子供が親を捨てているとしたら、まさに歴史の「開倒車(逆行)」だ。

 中国人観光客への期待感を見ても分かる通り、私は最近の日本がすっかり中国依存症にかかっているように思えてならない。私は基本的に日本には「自力更生」してほしいと願っている。ただ将来どんどん社会が高齢化して日本が「老人」になっても、大家族主義のわが中国はきっとそのお世話をいとわないだろうが(笑)。

プロフィール

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・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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