コラム

サムスンは、アップルと互角に戦った「けっこうすごい会社」

2012年08月31日(金)14時09分

 先週末、サムスンがアップルに10億ドルの損害賠償金を支払う判決が下った特許侵害裁判。

 第一ラウンドは一見、サムスンのボロ負けのようだが、裁判の過程では意外にもサムスンの強靭な筋肉を見せつけられた印象が強い。

 確かに判決以降、アップルファンの間では「それ見たことか」という歓声が起こっているし、サムスンの携帯電話から乗り換えるユーザーも増えているという。だがその一方で、「あのアップルと互角に闘える韓国メーカー」というイメージを一般消費者に与えたのは、決してサムスンにとって悪いことではなかったと思う。

 思えば、サムスンがアメリカ市場に積極的に乗り出してきたのは、10数年前のことだった。ある時突然、サムスンの携帯電話の派手な広告が雑誌や街のあちこちに出現したのだ。

 これはiPhoneより前の時代で、当時携帯電話と言えば、テクノロジーおたくが好きな機器、あるいはいかにもビジネスで使う道具という地味なものが多かった。そこへサムスンは、目を疑いたくなるような突飛なファッションのモデルをフィーチャーした広告で攻めてきたのだ。

「何を考えているんだ、このメーカーは?」というのが率直な感想だった。その頃は日本メーカーもまだ健在だったこともあって、「こんな派手なことをやっても、空回りするだけなんじゃないの?」とまで思った。
 
 ところが、サムスンはその後、ジリジリとアメリカ市場での知名度を上げていった。「派手で目立つ広告を打つ、アグレッシブで元気な韓国メーカー」というイメージを定着させる一方、何度も広告を刷新しながらブランドを前進させていった。

 それまでの携帯電話はほとんど黒やグレーだったが、サムスンの携帯は楽しいカラフルなものが多かった。もし「携帯電話を一般消費者向けにアピールする手順」というビジネス・プロセス特許があれば、サムスンはアップルの数年先を行っていたはずだ。

 携帯電話以外の製品も同じだ。量販店の店頭では冷蔵庫や洗濯機などの家電やテレビ、デジカメ、コンピュータ、オフィス製品とどんどん売り場を広げていった。その間、サムスンのアメリカ担当マーケティング部のトップを務めていた韓国人は、インテルに引き抜かれた。日本メーカーの窮状が本格的に伝えられ始めた数年前からは、売り場で日本メーカー製を見つけるのは難しくなり、すぐ目立つ場所にはサムスン製品が並ぶという図式がはっきりしてきた。

 ともかく製品開発の速度が速く、市場にものすごい数の製品を送り出すサムスンという印象があったので、今回の訴訟で対象にされたスマートフォンとタブレットが20機種を超えていたのは、さもありなんと感じた。同じ期間、アップルが世代代わりで発売してたiPhoneやiPadのモデルは、その半分にも満たない。

 もちろん、「ただ真似して製造するだけなら速いはず」とか「オリジナル製品を生み出すのは時間がかかる」という反論もあるだろうが、これはビジネスのアプローチの違い。ひょっとするとこの機動力自体が、これからの勝負になるかもしれない。

 折しも、サムスンは敗訴した翌日に、今度はWindows Phone8搭載のスマートフォンやWindows RT搭載のタブレットを発表した。アンドロイドOSだけに頼らず、裾野を広げる戦略だ。訴訟の対象になった製品も、すばやく改訂を加えているという。決して、ただの「負け」だけには終わらなさそうだ。

 裁判では、アップルの開発プロセスや試作品、他に開発しようとしていた製品など、開発にまつわる知らられざる側面を数々あぶり出しながら粘り強く闘ったサムスンは、アップルが訴訟ばかり仕掛ける「ちょっとイヤな会社」というイメージダウンを蒙ったのと裏腹に、「けっこうすごい会社」というイメージアップになった。

 つまり、「敗訴=打ちひしがれるサムスン」という日本流のストーリーとは、まったく異なる筋力を持つ企業だということだ。縮小路線にばかり目を奪われている日本メーカーにも、ぜひ奮起してもらいたいのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スペインGDP、第3四半期改定は前期比+0.6% 

ワールド

タイ、金取引の規制検討 「巨額」取引がバーツ高要因

ワールド

米当局、中国DJIなど外国製ドローンの新規承認禁止

ワールド

中国、米国に核軍縮の責任果たすよう要求 米国防総省
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story