コラム

グーグルeBooksは電子書籍の未来形

2010年12月10日(金)23時44分

 グーグルの電子書籍ストア「グーグル・イーブックス(Google eBooks)」がようやくオープンした。これまでは「グーグル・エディションズ(Google Editions)」と呼ばれていたプロジェクトで、今年夏に開店するとされていたのだが、遅れていたようだ。やっとその使い勝手を試してみることができた。

 これが実際に人気を得るかどうかの判断は別として、感心したことが3つある。いずれも、この電子書籍のあり方をマスターすれば、電子時代、インターネット時代の書籍とはどんなものであり得るのかが体感できるという点に関連している。今でも電子書籍は出回っているが、グーグルはそのさらに先の方法を見せてくれる感じだ。

 そのひとつは、グーグルも売りにしている「どんなデバイスでも読める」ことである。グーグルの電子書籍はクラウドを利用、つまりグーグルのサーバーにあるデータにアクセスしてそれを読むという方法をとる。そして、そこにアクセスするためのデバイスは何でもいいということだ。

 いろいろなデバイスでアクセスできる上、利用するデバイス間で同期化も行われる。たとえば、机の前でPCを利用して読んでいたけれども、疲れたのでiPadに切り替えてソファに座りたいとなると、読み進んだ箇所まで同期化されて表示される。その後出かけるとすれば、今度はスマートフォンで続きが読めるといった具合だ。

 これまでの電子書籍リーダーでは、確かに紙上の文字は電子データに取って代わられていたけれども、同じ特定のデバイスにデータをダウンロードして持ち歩くという点では、「モノ」感、所有感から離陸していない。実はこれは従来の書籍の概念からあまり進化したものではなかった。

■顧客不在のプラットフォーム戦争に一石

 グーグルの電子書籍ではデバイスはあくまでも仲介役であって、書籍のコンテンツ・データこそが求めるものであるという感覚があらわになる。書籍は「生データ」の姿で目前に現れ、その乗り物は何でもいいのだ。

 どのデバイスでも読めるという点は、現在いろいろなメーカーや電子書籍ストアが繰り広げているプラットフォーム戦争に一石を投じる可能性もあるということだ。

 現在の電子書籍競争では、ひとつの会社がデバイスとフォーマットやDRM(デジタル著作権管理)規制、電子書籍ストアをひとつのものとしてまとめ、そこへ客を囲い込むという構図である。アマゾンは完全にそのパターンだし、アップルも基本的にはこのモデルで成り立っている。したがって、ユーザーのわれわれとしては、デバイスを購入する投資も含めてどの会社に組みするのかをあらかじめ見定め、いったん足を踏み入れるとなかなか抜け出せないというしくみにとらわれざるを得なかった。

 対して、このグーグルの電子書籍は、とりあえずデバイスと電子書籍コンテンツの閉じた関係からわれわれを解き放ってくれる(ただしアマゾンのキンドルは利用不可)。ここで可能になったのは、手持ちのデバイスで「オンデマンド」に読書するという新しいスタイルだ。デバイスよりも、データのあり方、その周辺のテクノロジーにこそイノベーションが求められるという、本来の要点も感じさせる。

■グーグルの電子書籍ストアは「分散型」

 もうひとつ感心したのは、このグーグルの電子書籍ストアが「分散型」であることだ。もちろんGoogle eBooksのURLはちゃんとあって、そこに300万冊の書籍が集まっている(グーグルブック検索でスキャンされた著作権切れ等の書籍も含む)。だが、グーグルの電子書籍ストアはそれ以外のいろいろなところにも出現する。

 たとえば、検索結果のページの中。何か検索していると、それに関連する書籍が表示され、そこからグーグル電子書籍ストアへリンクされているというしくみだ。あるいは、出版社や書店のホームページに表示されることもある。グーグルはこの電子書籍ストアのしくみを提携する出版社や書店が利用できるようにしており、いわば電子書籍販売のインフラを敷くというアプローチをとっている。ここで書籍を購入すると、自分のグーグル・アカウントに書籍がアーカイブされ、出版社や書店は売り上げの一部を受け取る。

 考えてみれば、インターネットで購入する電子書籍なのだから、まるで路面店のようにいつも決まった場所から買う必要はないわけだ。ここでもわれわれが「店構えのある書店」という従来のアナロジーに引っ張られていたことを痛感しないわけにはいかない。インターネットや電子書籍は、もっと進んだあり方が可能なのだ。

■「書籍=知」までが検索に最適化される?

 感心した3つめは、この提携出版社や書店にある。グーグルと提携するのは、独力では電子書籍販売のインフラが築けない独立系出版社や、大手チェーンではない町の書店が多い。電子書籍時代になって彼らの存続はいよいよ危うくなっていたのだが、グーグルのインフラによって生きのびる糧をひとつ与えられた。独特な書籍を出す出版社、ユニークな品揃えを誇る小さな書店が大型店にはできないような書籍を選りすぐって提供し、熱狂的なファンを集めるということも起こりえるだろう。

 だが、グーグルのストアもいいことばかりではない。たとえば、検索と書籍が密接につながってしまうと何が起こるか。書籍が検索結果の上位に表示されるようにするため、SEO(検索エンジンオプティマイゼーション)のような技が書籍にも入り込んでくることになるだろう。

 グーグルは、書籍の内容以外にもそのメタデータ(書誌データ)や100項目もの市場の「シグナル」(売り上げ、検索数、図書館での蔵書数など)を統合して検索結果に反映するというが、すでにちまたでは、「具体的なことばを用いて本のタイトルをつける」とか「書籍以外のところで、たくさん関連したコンテンツを上げる」といったようなSEO対応のための指南が出始めている。

 これも電子時代の書籍のあり方とは言え、人間の「知」の根幹に関わる書籍が、マーケティング手法に過ぎないSEOに日和ってしまわないことを願うばかりだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪GDP、第2四半期は前年比+1.8%に加速 約2

ビジネス

午前の日経平均は反落、連休明けの米株安引き継ぐ 円

ワールド

スウェーデンのクラーナ、米IPOで最大12億700

ワールド

西側国家のパレスチナ国家承認、「2国家解決」に道=
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story