コラム

「日本、がんばって!」と世界が励ます

2011年03月16日(水)11時49分

 東北大地震から5日。被災地から刻々と届けられる情報には、いたたまれないほど胸が痛む。国際政治、特に中東情勢を専門にしていると、こういうとき何も役に立たない自分が情けないばかりだ。被災された方々には、心からお悔やみを申し上げたい。

 そのようななかで、地震発生直後から各国の研究者、日本留学経験者たちからひっきりなしに送られてくる励まし、お見舞いのメールを読むと、気持ちが支えられる。去年まで東京に留学していたイラク人の学生は、何度も何度も繋がらない私の携帯電話に、バグダードから国際電話をくれた。日本で研修した経験を持つバグダード大学の先生は、地震発生からわずか数時間で安否を問うメールをくれ、「東京は大丈夫」と返信すると、次々にイラク各地から「よかった、よかった」と、激励のメールが届いた。戦争中の劣化ウラン弾の傷跡も消えず、今でも一日数時間しか電気がなく、いつ爆破事件に巻き込まれるかわからないイラクの人々から親身のお見舞いをもらうと、思わず胸が熱くなる。かつて自分たちが経験したからこそ、一瞬にして故郷が消えうせること、理不尽にも被爆することに対して、強い共感と同情を寄せてくれるのだろう。

 イラクからだけではない。アフガニスタンやグルジア、キルギスタンと、戦争や内戦の悲惨な経験をした人々から、強い激励のメッセージを受け取った。「日本、がんばれ」、と、片言の日本語が添えられている。私たちはこれまで、あなたがたの悲劇に対して、こんなふうに心を寄せて暖かい声をかけてきただろうか? ごめんね、そしてありがとう、と、心底思う。

 海外からの暖かい言葉に胸が一杯になる一方で、海外から日本に来て震災に怯える外国の人々を支えよう、という活動にも、心を動かされた。私の勤務する東京外国語大学の数人の学生たちが、地震発生時の緊急マニュアルを、欧米語はもちろんのこと、ポルトガル語やタガログ語、ペルシア語など世界各地の32言語に翻訳して、HPで流し始めた。それぞれの言語を学んだ学生たちの、自発的な翻訳作業である。http://nip0.wordpress.com/

 これは私の想像だが、海外に留学した学生はいずれも、留学先で母語の通じない辛さとともに、現地社会の暖かさを身に沁みて感じてきたことだろう。その経験をもとに、同じように危機下の日本で途方に暮れているだろう外国人たちに、少しでも安心を届けたい、と考えたに違いない。

 大人たちが右往左往しているなかで、若者たちの、いかに前向きなことか! 自分の能力のできる範囲で、この危機を乗り越えるためにわずかでも貢献したい。そんなふうに、小さなところからでもさまざまな運動が若者の間で起きていることは、本当に心強い。

 そんな彼らを見ると、まだまだ日本、がんばれるぞ、と思うのである。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米軍が「麻薬密売船」攻撃、太平洋側で初 2人死亡=

ビジネス

NY外為市場=英ポンド下落、ドルは対円で小幅安

ビジネス

テスラ、四半期売上高が過去最高 税控除終了前の駆け

ワールド

「貿易システムが崩壊危機」と国連事務総長、途上国へ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 6
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 7
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    やっぱり王様になりたい!ホワイトハウスの一部を破…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 6
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story