コラム

イランへのラブコール再び?

2009年06月10日(水)16時20分

 オバマ米大統領が4月初めにトルコで演説し、イスラーム世界との和解に触れたとき、ヨルダンなどアラブ諸国のメディアには複雑な気持ちが現れていた。「オバマの発言はいいね。でも、それを言ったのが何故トルコでなんだ?」

 ブッシュ前政権があたかもイスラームを敵視したような政策を取り続けて、一番居心地が悪い思いをしていたのは、アラブ諸国だった。イスラームとの和解を言うなら、アラブに対してじゃないのか? なのに何故、非アラブのトルコへの訪問が先なんだ? 米国の中東政策のなかでアラブはもう関心の中心にはないのか、という挫折感がにじみ出ていた。

 6月4日、カイロ大学でオバマ大統領が演説し、よりパレスチナ問題に踏み込んだ発言を行ったことで、アラブ諸国も少しは溜飲を下げたかもしれない。イスラエルのパレスチナ占領地での入植を批判するなど、イスラエルが臍をかむ演説内容となった。実際どこまでイスラエルを制御することができるかに疑問を呈する声もあるが、概ね好評といえよう。

 だがオバマ演説が一層踏み込んだのは、イランとの関係に関してである。原子力の平和利用はどの国も権利がある、として、これまでイランの原子力開発を「核開発=テロ支援=悪の枢軸」と糾弾してきた路線から、一転和解ムードに転換した。これもまた、イランを最大の脅威と考えるイスラエルにとって、面白くないことだろう。
 
 ここで思い出されるのが、クリントン政権末期に、米政権が対イラン接近を図ったときのことだ。融和姿勢を示すためにオルブライト国務長官は、米国が過去にイランに内政干渉して政権を転覆したことを認めた。1953年、イランの石油国有化を断行したモサッデク首相をCIAが工作して失脚させたが、それではイラン人が米国に怒るのももっともだろう、と演説したのである。

 ところが、当時イランは対米対話を推し進めるハータミー大統領が力を失いつつあった時期。イラン側の回答は、「そんな古いことじゃなく、もっと最近謝るべきことがあるだろう」というものだった──当時演説の草稿に関わったブルッキングス研究所のポラック研究員が、著書のなかでそう回顧している。Too little, too lateな謝罪だったというわけだ。

 今回、オバマ大統領も同じラブコールを投げかけた。ちょうど進行中のイラン大統領選を見据えての発言なのだろう。対米強硬路線の現職アフマディネジャードと、改革派のムサヴィの間で、熾烈な選挙戦が展開されている。10年近く昔に投げて門前払いを食らった「過去の謝罪」は、改革派の新大統領に歓迎されることになるのか、はたまた保守派大統領の再選で再びToo little, too lateと拒絶されるのか。イラン大統領選の結果が気にかかる。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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