コラム

冷戦時代の発想は今も残る?

2010年07月12日(月)09時08分

 スパイものは、どうしてみんな興味を持つのでしょうか。しかもそこに、「美人スパイ」が登場すると、俄然ヒートアップするのは、洋の東西を問わないようで...。

 「美しすぎるスパイ」などと、なんだか市議会議員風のネーミングがついたロシアの女性スパイを含む10人は、ロシア側に捕まっているアメリカ側の4人と交換されて決着しました。

 いまどきスパイの交換なんて、まったく冷戦時代そのものですが、この騒動を冷静に分析している記事が、本誌日本版7月14日号の「冷戦から帰ってきたスパイ」です。

 敵国に溶け込んで、その国の国民として暮らすようにスパイを送り込むのは、戦前の日本の陸軍中野学校の手法を想起させます。「草」を送り込むのは、いずこも同じです。

 おっと、これは専門用語でしたかね。「草」とは、そこの国の人として生活する、という意味のスパイ業界用語です。

 また、かつてのソ連は、シベリアで抑留した日本人を洗脳して「スリーパー」として帰国させました。「スリーパー」つまり「眠る人」。何事もなかったかのように日本に戻って生活していると、ある日、ソ連の担当者から連絡が来て、「眠り」から醒め、スパイ活動を開始する、という仕掛けでした。

 それにしても、この情報社会で、アメリカの「草」となったロシアのスパイたちは、何を集めていたのでしょうか。

 新聞を読んでまとめた程度のリポートでも、ロシア側は大喜びをしていたと、この記事は指摘しています。新聞を情報源にしていたため、「モスクワ・センター」から情報源の名前を出せと迫られて困ったスパイに対して、仲間は「適当に政治家の名前をでっち上げればいい」とアドバイスしていたとか。こんないい加減なスパイ活動だったのですね。

 「ロシアのKGB出身者は、公表された情報よりも内密の情報を知りたがる」と著者は分析していますが、これもまた、古今東西を問わず、人間の習性ですね。居酒屋の飲み会で、「ここだけの話だけどさあ...」と耳元で囁かれると、つい信じてしまう新橋のサラリーマンと同じレベルです。

 しかし、スパイの世界は奇々怪々。この記事では、「一連の裁判資料だけでも十分に楽しめそうだ」「夏休みの気楽な読書にはうってつけ」と予測していたのですが、実際には裁判を開くことなく、スパイ同士の交換で幕を閉じました。

 スパイ同士の交換とは、「もしお前がスパイと発覚して逮捕されても、必ず取り戻してやるぞ」と国家が保証する働きがあります。これならスパイの忠誠心は揺るぎません。つまり、スパイの交換が行なわれたということは、今後もスパイ合戦が展開されるという意味でもあるのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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