コラム

黒田総裁はインフレ目標から逃げるが、岩田副総裁には逃げ道がない

2014年10月08日(水)19時54分

 日本銀行の黒田東彦総裁が、昨年4月に「マネタリーベース(通貨供給)を2年で2倍」という「量的・質的緩和」を掲げて登場したとき、株式市場は大きく上昇し、ドル/円レートも上昇した。このとき彼は、記者会見で次のように宣言した。


2%の物価安定目標をできるだけ早期に実現することに尽きると思いますが、その場合、各国の状況をみると、物価安定目標の達成に向けて2年程度を一種のタイムスパンと考えている中央銀行が多いようです。そうしたことも十分勘案し、2年程度で物価安定の目標が達成できれば非常に好ましいと思っています。


 それから1年半。8月のコアCPI(食料・エネルギーを除く消費者物価指数)上昇率は前年比1.1%と前月より下がり、彼の約束した2015年4月までに2%を達成することは絶望的になった。この原因は明らかだ。

消費者物価指数の推移(総務省調べ)

消費者物価指数の推移(総務省調べ)

 図をみればわかるように、エネルギーを除くコアコアCPIは横ばいだが、エネルギーを含むコアCPIはエネルギー価格とほぼ並行して上がっている。つまり最近のインフレの最大の原因は、円安と原油高と原発停止によるエネルギー価格の上昇なのだ。最近インフレ率が下がったのも、原油価格が下がったからである。

 黒田総裁の「実験」はそれなりに意味があったが、標準的な経済理論をくつがえすことはできなかった。ゼロ金利で中央銀行がマネタリーベースをいくら増やしても、「期待」だけで資金需要は増えないのだ。7日の金融政策決定会合のあと、彼は記者会見で次のように述べた。


2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現するために、「量的・質的金融緩和」を導入したわけで、そうした意図には変わりはありません。[・・・]この政策自体は、あくまでも、米国で言うカレンダーベースではなくアウトカムベースと言いますか、まさに「物価安定の目標」との関係で、それが実現し、安定的に持続されるまで続けるというものです。


 この「アウトカムベース」というのは、今回初めて出てきた言葉だが、何月何日というカレンダーにこだわらないで、「結果(アウトカム)として2%になるように調節する」という意味だ。もともとインフレ目標は「2%までのインフレはいいが、それ以上は困る」という考え方だから、達成日時を明示するものではない。

 これは今まで「カレンダーベース」で約束していたインフレ目標を、実質的に撤回するものだ。黒田総裁は「2年程度で達成できれば非常に好ましい」という表現で逃げ道を用意しているが、岩田規久男副総裁は昨年3月5日の国会の所信聴取で、次のように述べた。


○岩田参考人 日本の場合、非常にデフレが長くて、デフレマインドがもう定着しておりますので、これを金融政策である程度マイルドなインフレに転換することが必要ですので、今言った中期的のうちの2年は、遅くとも2年では達成できるのではないか、またしなければいけないというふうに思っています。

○御法川委員 達成できなかった場合の責任の所在ということははっきりとさせていかなければいけないと思いますが、それは、職を賭すということですか?

○岩田参考人 やはり最高の責任のとり方は、辞職するということだというふうに認識はしております。


 岩田氏は「遅くとも2年」と国会で明言したのだから、彼が就任した2013年3月20日から2年後の2015年3月20日までに、コアCPIが年率2%上がらなければ辞職するしかない。中央銀行副総裁の言葉は、それぐらい重いものである。黒田総裁は実質的にインフレ目標を撤回し、巧妙に退却戦を始めているが、岩田副総裁には逃げ道がない。出処進退は潔くしていただきたいものだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:失言や違法捜査、米司法省でミス連鎖 トラ

ワールド

アングル:反攻強めるミャンマー国軍、徴兵制やドロー

ビジネス

NY外為市場=円急落、日銀が追加利上げ明確に示さず

ビジネス

米国株式市場=続伸、ハイテク株高が消費関連の下落を
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 5
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story