コラム

自民圧勝の選挙予測が示す「脱原発」という白日夢の終わり

2012年12月07日(金)15時43分

 総選挙についてのマスコミ各社の予測が出たが、すべて「自民圧勝」を予測し、単独過半数の勢いとするものが多い。ほぼ現状維持の公明党を加えれば、自民党が政権に復帰することは確実だ。民主党は100議席を大幅に割り込み、第三党は民主党に近い議席を取る日本維新の会というのが共通の予測である。

 自民党は原発については「10年かけて検討する」と曖昧な表現で、安倍総裁もほとんど言及しない。当初は「原発ゼロ」をとなえていた維新の会は、太陽の党との合併にともなって「フェードアウト」という曖昧な表現になり、公約では「脱原発依存体制の構築」という表現になった。

 これに対して小沢一郎氏が脱原発の集票効果を期待してつくった未来の党は、62議席から10議席台に激減する見通しだ。同じく脱原発を掲げているみんなの党は、現在の8議席より増えるが未来の党と同じぐらいで、社民党や共産党に至っては数議席。

 結果的には原発容認派が圧勝し、脱原発派が惨敗することになりそうだ。選挙の争点として何を重視するかという世論調査でも「景気・雇用」がトップで、社会保障がそれに次ぎ、原発を投票の基準にすると答えた人は1割にも満たない。維新の会の橋下代表代行は、ここに来て脱原発派を批判するトーンを強めている。


結局原発政策については、工程表も何もないままで、具体的な道筋の議論もなく、いつ0にするかという年限だけが躍った。政治家、政党の願望だけに焦点が当てられ、選挙に突入。今回の毎日の社説のような、具体的な議論は何もないまま。これは朝日新聞や毎日新聞の責任だ。


 彼は安全基準を厳格化すれば原発は減るという立場だが、実はそんなことをしなくても原発は減る。事故のおかげで新規立地に地元の理解を得られなくなった上に、事故の賠償で政府が逃げたので、政府に対する信頼感が失われてしまったからだ。世界的にも「シェールガス革命」と呼ばれるほど天然ガスの価格が下がり、わざわざコストの高い原発を建設する必要もない。

 しかし、それでいいのだろうか。鳩山元首相は「2020年までに二酸化炭素(CO2)の排出量を1990年比マイナス25%にする」という国際公約をしたが、原発をゼロにしたらこの実現は不可能だ。原発を停止した東京電力の昨年の二酸化炭素(CO2)排出量は、一昨年より13%増えた。政府は国会で「国際公約は実現不可能だ」と認めたが、原発ゼロとの整合性については何も答えていない。

 カタールで開催されているCOP18(国連気候変動枠組条約締約国会議)では日本は何も提案を出さず、長浜環境相は最終日の会議に出席しないで帰国してしまった。今年いっぱいで切れる京都議定書の後の地球温暖化対策の枠組は、何も決まっていない。このままでは日本のCO2排出量は大幅に増え、国際的な批判を浴びることは必至である。

 さらに厄介な問題は、使用ずみ核燃料を再処理してできた44トンのプルトニウムである。これは核兵器に使えば、全人類を何回も殺せる量だ。核兵器をもたない国がプルトニウムを保有することは核拡散防止条約(NPT)で認められないが、日本は平和利用に限るという条件で、日米原子力協定で例外的に認められている。

 原発ゼロという目標を掲げると、この大量のプルトニウムをどうするのかが問われる。維新の会の石原代表のいうように日本が核武装のオプションを残すならプルトニウムは保有したほうがいいが、それは原子力協定違反であり、日本はNPTから脱退しなければならない。アメリカは日本の核武装に強く反対しているので、これは日米同盟の破棄にもつながりかねない。

 要するに、橋下氏のいうように「具体的な工程表もないのに原発ゼロなんていうのは無責任」なのだ。民主党政権でさえ9月に原発ゼロを打ち出した直後に撤回したのに、未来の党の矛盾だらけの「卒原発カリキュラム」が実現するはずがない。まして工程表さえ示していない他の党の脱原発は、単なるスローガンである。

 事故から20ヶ月たって有権者は成熟し、原発を認めて現実的なエネルギー政策で景気回復を求めるようになった。いまだに成熟できないのは、放射能の恐怖をあおれば票が取れると思い込んでいる政治家だけである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の昨年資産報告書、暗号資産などで6億ドル

ワールド

イラン、イスラエルとの停戦交渉拒否 仲介国に表明=

ワールド

G7、中東情勢が最重要議題に 緊張緩和求める共同声

ワールド

トランプ氏、イスラエルのハメネイ師殺害計画を却下=
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story