コラム

大学入試カンニング事件で露呈したマスコミのお粗末なITリテラシー

2011年03月04日(金)08時22分

 京都大学など4大学で行なわれた入学試験のカンニング事件は、それを実行したとみられる予備校生が逮捕されたことで決着した。終わってみれば一人の少年の単純な犯行だが、この事件をめぐって繰り広げられた過剰な報道合戦は、日本のマスコミのITリテラシー(理解力)の低さをあらためて示すものだった。

 最初に「ヤフー知恵袋」に京大の試験問題が投稿されたことが判明したのは2月26日で、夜になってNHKが京大当局の話を伝えると、さまざまな推測がツイッターで乱れ飛んだ。私がそれをまとめて27日朝にブログにまとめたところ、3日間で30万ページビュー近いアクセスがあった。

 最初はかなり高度なハイテク犯罪かと思ったのだが、いろいろな人の話を聞くうちに、これはきわめて単純な犯行だとわかった。携帯電話が使われているからだ。パソコンはネットカフェなどを使えば身元を隠せるが、携帯電話は携帯電話会社のサーバーに識別番号(電話番号と1対1に対応する)が残り、契約者を簡単に割り出せる。

 最大の問題は、10分以内に数学の特殊な記号を含む問題が携帯電話でタイプできるのかということだが、これについてツイッターで質問したところ、「できる」という答が多くの人から寄せられた。慣れたユーザーなら、5分程度で入力できるという。

 ところがほとんどの新聞・テレビは「複数犯行説」を打ち出し、問題を撮影して学外にいる共犯者に送信したなどと推測していた。特にひどいのは産経新聞で、3月2日の記事で「都内2高校生をほぼ特定 警察当局が令状請求へ」と書き、「捜査関係者によると、試験会場にいる受験生が携帯電話のカメラなどで問題文を撮影・・・」などとくわしく手口を紹介していた。

 しかし複数犯でやるなら、掲示板に投稿するという危険な方法を使わなくても、共犯者が辞書を引くなどしてメールで教えればよい。また自由な場所にいる共犯者が、わざわざ入力しにくく端末の特定される携帯電話を使うのも不自然だ。このようにどのメディアも同じように間違えたのは、偶然とは思えない。警察情報にもとづいて、「携帯で複雑な文が入力できるはずがない」という前提でいろいろ空想をめぐらせたのだろう。

 通信の基本的な知識があれば、ヤフー知恵袋に残されている投稿に携帯電話のマークがついているのを見たら、その手口はわかる。組織的な犯行で携帯電話を使うことは、まずありえないからだ。だから私は27日の段階で「これは個人の思いつきによる単独犯行で、ハイテク犯罪ではない」という結論を出して、話を打ち切った。ところが新聞は連日このニュースを1面トップで伝え、それに押されるように警察も予備校生を逮捕した。

 もちろんカンニングは悪いことだが、刑法に定められた犯罪ではない。それを「偽計業務妨害」という苦しい罪名で逮捕するのは、史上初である。入試のカンニングは今までもあったのに、今回だけに刑事罰を適用するのは、法の下の平等に反するのではないか。「ハイテク犯罪」という思い込みでマスコミが大騒ぎした事件は、きわめて幼稚な手口だった。

 今回は掲示板という公の場を使ったために露見したが、携帯電話で試験問題がまるまる外部に送信できるということは、メールなどを使ったカンニングは今までも行なわれていたかもしれない。韓国では、携帯を使った組織的なカンニングが行なわれたこともある。今後は大学の防止体制も考える必要があろう。人々の予想を超えたのはハイテクではなく、信じられないスピードで携帯端末をあやつる若者のケータイ技能だったのである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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