コラム

租税特別措置をなくせば法人税率は25%に下げられる

2010年12月09日(木)22時25分

 法人税をめぐって、政府と財界の攻防が激化している。政府の税制調査会は、法人税を5%ポイント引き下げる案を軸に検討しているが、これによって税収が1.5兆円ほど減るため、財務省が難色を示している。経済産業省は、租税特別措置(租特)の一部を見直すことで5000億円程度の財源を捻出する案を出しているが、日本経団連の米倉弘昌会長は「企業が払う税金が減らないと意味がない。租特をなくすのなら、法人税減税はいらない」と反発している。

 これを「均衡財政にこだわる財務省と経済活性化のために闘う経産省・財界」の対立のようにいうメディアもあるが、これは間違いである。それは財界が、なぜ租特の見直しに強硬に反対するのかを考えればわかる。租特は国と地方合わせて648種類もあり、免税による減収額は2009年度で5.9兆円。法人税収は国と地方あわせて9.7兆円だ。租特の対象には住宅ローンや配当所得などもあるが、大部分は法人税だから、税額の30%以上も免除しているわけだ。

 租特の最大の恩恵にあずかっているのは、政府とつながりの深い(日本経団連のメンバーである)重厚長大産業だ。今回の争点になったナフサの免税措置だけで3.7兆円以上にのぼるが、この免税は石油化学などの製造業だけを優遇するものだ。法人税の実効税率は40.7%だが、財界系の大企業にはこうした減免が多いため実効税率は30%以下だから、彼らにとっては税率より租特のほうがはるかに大事なのだ。

 日本の法人税の最大の問題は、税率よりもこのような課税ベースの狭さと歪みである。租特だけでなく、「クロヨン」と呼ばれるように自営業者の所得の捕捉率が低いため、全法人の70%以上が赤字法人で税金を納めていない。民主党も昨年の総選挙のマニフェストで「租特の3割削減」を打ち出したが、今年度予算では業界の抵抗でまったく実現しなかった。

 日本の税務職員は10万人あたり43人と先進国で最低レベルで、地下経済の規模は20兆円と推定されている。税務職員を増やして地下経済の半分でも捕捉すれば、今の法人税収と同じ税収が上がる。消費税にインボイスを義務づけて「益税」をなくせば、5000億円以上の税収が上がるばかりでなく、捕捉率も上げることができる。

 仮に今の税収を維持するとしても、租特をすべて廃止すれば課税ベースは1.6倍になるので、法人税率は4割下げて25%にすることができる。税収は同じでも、政治家や官僚の裁量をなくし、財界系の古い企業とベンチャー企業や外資系企業との公平性が保たれる。

 法人税率の引き下げは、抜本的な税制改革への第一歩にすぎない。1980年代にアメリカのレーガン政権で行われた税制改正では、税率を簡素化するとともに企業へのインセンティブ(租税特別措置)が原則として廃止された。これによって税制が透明になり、インセンティブを求めるロビー活動が減って政治家と企業の癒着も減った。

 政府が経済成長率を引き上げるためにできることはほとんどないが、経済成長のじゃまになっている要因を取り除くことはできる。日本の複雑な税制は、そのからくりを利用して節税できる既存の企業に有利になる一方、特別措置の恩恵にあずかれないサラリーマンや新しい企業に不利になっている。これをシンプルでわかりやすい税制にすることは、アジア諸国との租税競争の中で、日本が企業を引き留めるためにも重要である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国10月指標、鉱工業生産・小売売上高が1年超ぶり

ワールド

原油先物は2%超高、ロシア南部の石油備蓄基地にドロ

ビジネス

午前の日経平均は反落、800円超安 米株急落の流れ

ビジネス

英首相と財務相、所得税率引き上げを断念=FT
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 10
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story