コラム

ゴーン社長の役員報酬8.9億円は「もらい過ぎ」か

2010年07月01日(木)16時16分

 今年3月期から公開が義務づけられた役員報酬が、話題を呼んでいる。産経新聞の調べによれば、年俸(ストックオプションを含む)のトップ10は次のようになっている:


 1.カルロス・ゴーン(日産自動車社長)8億9000万円

 2.ハワード・ストリンガー(ソニー会長兼社長)8億1400万円

 3.北島義俊(大日本印刷社長)7億8700万円

 4.アラン・マッケンジー(武田薬品工業取締役)5億5300万円

 5.金川千尋(信越化学工業会長)5億3500万円

 6.細矢礼二(双葉電子工業会長)5億1700万円

 7.三津原博(日本調剤社長)4億7700万円

 8.里見治(セガサミー会長兼社長)4億3500万円

 9.古森重隆(富士フイルム社長)3億6100万円

 10.稲葉善治(ファナック社長)3億3100万円


 特に上位の2人の外国人が突出しているため、「日産は無配なのにもらい過ぎだ」とか「ソニーは赤字なのに、なぜこんな巨額の報酬を出すのか」といった批判が強い。しかしこれをアメリカのCEO(最高経営責任者)のトップ5と比べてみると、文字どおり桁違いである: 
 



 1.A.K.マクレンドン(チェサピーク・エナジーCEO)1億ドル

 2.E.M.アイゼンバーグ(ネイバーズ・インダストリーズCEO)5983万ドル

 3.L.エリソン(オラクルCEO)5681万ドル

 4.F.ハッセン(メルクCEO)4965万ドル

 5.M.J.ガベッリ(ガムコ・インベスターズCEO)4358万ドル

 トップの報酬は1億ドル(約90億円)である。このような高額報酬についてはアメリカでも批判が強いが、異常なのはどっちだろうか? その答えは、誰の立場から見るかによって違う。オラクルの従業員にとっては、ラリー・エリソンが平均賃金(4万ドル)の1400倍も取るのは狂っていると思うかもしれないが、役員報酬を払うのは株主だ。その立場からみると、いくら払えば株主価値が最大化されるかが問題である。

 この場合、今期の利益とCEOの報酬を比較するのは誤りである。株主価値を最大化するためには、CEOの報酬は彼の増やした価値に連動しなければならない。日産の時価総額は2兆7500億円だから、ゴーン氏の報酬はその1/3000だ。株主価値のうち、どれだけが彼の貢献であるかを同定することはむずかしいが、1999年に彼が倒産寸前の日産の社長に就任して再建した功績を考えると、1/3000よりは大きいだろう。

 彼の報酬をトヨタ並みに1億円程度に引き下げたら、日産の株主は利益を得られるだろうか。ゴーン氏は日産をやめて他の企業に行き、その代わりに日本人の社長を雇ったら、また昔の日産のように非効率な経営をするかもしれない。それによる損失が8億円以上なら、ゴーン氏の報酬は正当化される。欧米では、このような「経営者の市場」が成立しており、報酬は競争的に決まっている。

 日本人で最高の北島義俊氏のケースは違う。彼は前社長の長男で、30年にわたって社長の座にある。大日本印刷の業績も最近は下降が続いており、彼が株主価値に貢献したかどうかは疑わしい。この他では創業者が多いが、この場合は会社そのものを創造したので、ある程度は正当化できる。また創業者は大株主でもあるので、株主価値を最大化するインセンティブは強いと考えられる。

 むしろ問題は、報酬も業績も低い日本企業のCEOだ。日立製作所の株主総会では、株主から「この4年間で1兆円を超える赤字となった原因を明らかにせよ」という批判が出たが、中西宏明社長は「選択と集中を行ないたい」という例年と同じ答を繰り返した。彼の報酬は1億円以下なので開示されていないが、こういう経営者は株主にとって有害である。1億円の年俸で外部から優秀なCEOを雇って、本当に選択と集中を行なわせれば、1億円以上の株主価値が生み出せるだろう。

 問題は取締役報酬の金額ではなく、それが株主価値を生み出すインセンティブになっているかどうかである。金額が大きくても、ストリンガー氏のように報酬の半分が株価に連動するストック・オプションであれば、経営合理化に努めるだろう。逆に日本企業のように報酬が低くても安定していると、先輩の経営する子会社の赤字を補填して自分の地位を守ろうとするかもしれない。その結果、株主価値が毀損される影響は、大企業であるほど大きい。問題があるのは、ゴーン氏より日本の会社の役員報酬である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、19日にトルコ訪問 和平交渉復活を

ワールド

中国の渡航自粛、観光庁長官「影響を注視」 10月は

ワールド

北朝鮮、米韓首脳会談の成果文書に反発 対抗措置示唆

ワールド

北朝鮮、米韓首脳会談の成果文書に反発 対抗措置示唆
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story