コラム

子ども手当に「乗数効果」はあるか

2010年02月04日(木)18時06分

 1月26日の参議院予算委員会で「乗数効果」をめぐって珍問答が展開された。自民党の林芳正氏(元財政金融担当相)が「子ども手当の乗数効果はいくらか」と質問したのに対して、菅直人財務相は「子ども手当の効果は1以下だが、子育てで働けない人が働けるとか少子化が防げるとか・・・」などと意味不明な答弁をし、長妻厚生労働相も仙谷国家戦略担当相も答えられなかった。乗数効果は、高校の「現代社会」でも学ぶきわめて初歩的な経済理論である。経済閣僚が高校生以下の学力で、日本は大丈夫なのだろうか。

 乗数効果は財政支出の波及効果を示すもので、限界消費性向(所得に対する消費の割合)が菅氏のいうように0.7だとすると、子ども手当の乗数効果は0.7/(1-0.7)=2.3となるはずだ(計算は上にリンクを張ったブログ記事参照)。ところが長妻氏によると、子ども手当はGDP(国内総生産)を「0.2%押し上げる」という。これは1兆円ということだから、子ども手当の支出額2.5兆円の乗数効果は1/2.5=0.4しかないことになる。これはどういうことだろうか?

 実は日本の実証研究でも、財政政策の乗数効果は1以下だという結果が出ている。ケインズの理論では、人々は今期の所得が増えたら自動的に消費も増やすことになっているが、実際には人々は長期的な所得を考えて消費や貯蓄の計画を立てる。特に財政支出は将来の増税になるので、それに備えて貯蓄に回る可能性もある。また政府投資の分だけ民間投資が押し出される効果などもあるため、公共投資の効果は意外に低いのだ。

 林氏は「子ども手当は貯蓄に回るので、公共投資より乗数効果が低い」と主張したが、これは必ずしも正しくない。子ども手当のような減税型の財政赤字のほうがGDPを増やす効果は大きいという結果も出ている。これは減税によって労働意欲が増すなどのインセンティブ効果があるためと考えられる。財政支出というのは元をたどればわれわれの払う税金だから、それを右から左に移すだけで経済効果があるというのは本来おかしいのだ。

 2008年秋のような非常事態では、政府が緊急避難的に民間投資の落ち込みを埋める意味もあろうが、そういう時期はもう過ぎた。金融危機への対応で財政赤字の積み上がった欧米各国の政府は「出口戦略」をさぐり始めている。その時期に、GDPの2倍近いOECD諸国で最悪の政府債務を抱える日本が、本予算と補正を合わせて100兆円を超える予算を組むのは、異常というしかない。財政赤字というのは、現在世代の消費のツケを将来世代に回す「ネズミ講」のようなもので、親が使った子ども手当を増税で払うのはその子供である。それを知ったら、彼らは泣くのではないだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

計145%の対中関税の撤回にオープンでない=トラン

ビジネス

FRB金利据え置き、インフレと失業率上昇リスクを指

ワールド

特定の関税免除を検討も、物事はシンプルにしたい=ト

ワールド

モスクワ州上空でウクライナのドローン2機撃墜、戦勝
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗と思え...できる管理職は何と言われる?
  • 4
    中高年になったら2種類の趣味を持っておこう...経営…
  • 5
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    「関税帝」トランプが仕掛けた関税戦争の勝者は中国…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    首都は3日で陥落できるはずが...「プーチンの大誤算…
  • 10
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 9
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story