コラム

国家戦略の不在で迷走する「環境税」論議

2009年12月03日(木)16時57分

 鳩山内閣といえば迷走がお家芸だが、環境税をめぐる論議もご多分にもれない。来年度の国債の新規発行額が50兆円を超えることに危機感を抱いた藤井財務相は、菅国家戦略相などと協議して、ガソリンの暫定税率を廃止する代わりに、来年4月から環境税を導入する方向を打ち出した。ところが鳩山首相が「暫定税率を環境税に平行移動させるのは公約違反だ」と導入に否定的な方針を表明し、環境税の行方はわからなくなった。

 民主党のマニフェストには、環境税と並んで「国内排出量取引市場を創設する」と書かれているが、両者は代替的な政策手段で併用できないということを鳩山首相は理解しているのだろうか。たとえば電力会社が排出権を他の企業から買ってCO2排出量をまったく削減しなかったら、どうするのか。環境税を課税したら二重負担になり、課税しなければ税の公平に反する。このような二重負担を課している国はなく、排出権取引を採用する欧州連合は、域内の環境税(炭素税)を採用している国との調整に苦労し、業種ごとに使いわけるなど混乱している。

 だから環境税を実施するということは、排出権取引を断念することを意味するのだが、誰もこういう認識がなく、両方を併用して「90年比25%削減」(2007年比30%減)という非現実的な目標をかかげている。世界でもっとも勇ましい削減目標をかかげたのだから、まず議論すべきなのはそれを実現するためにどの程度の負担が必要かという問題だが、それが世帯あたり年間最大76万円になるというタスクフォースの結論が出ると、公表を禁止してメンバーを入れ替えるという。そんなことをして「不都合な真実」を隠しても、実際にかかるコストは減らない。

 どちらかを取るなら排出権取引より環境税のほうが合理的だ、というのが多くの経済学者の意見である。排出権の割当には政府の裁量が入るため統制経済になり、政治的なロビイングで配分がゆがめられるからだ。京都議定書で排出権取引が採用されたのは、国内だけで削減できない先進国が途上国から排出権を買うことを想定したからだが、たとえば日本が中国から排出権を買うのは、ゼロ成長の国が8%成長の国に何兆円もの援助をする結果になり、中国がそれに見合う排出量を削減したかどうか日本は検証できない。

 環境税を導入することは、削減目標を放棄するに等しい。税だけで排出量を30%以上も減らすには、ガソリンに何倍も課税するなど特定の産業に重税が必要で、税のバランスという観点から実現不可能だからである。民主党も野党のときは矛盾した政策をかかげて夢を語っていればよかったが、現実に政策を実行するとなると、こういうトレードオフに直面する。環境税を導入するなら、削減目標も含めた国家戦略の見直しが先決だ。25%とか30%という数字には何の科学的根拠もないので数値目標はやめ、環境税を徐々に課税しながら温暖化問題を冷静に議論することが現実的だろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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