コラム

加藤嘉一くんはなぜ「中国で一番有名な日本人」なのか

2011年07月20日(水)07時00分

 Newsweek Japan本誌に掲載された李小牧さんのコラム「中国で一番有名な日本人、加藤嘉一君への手紙」を読んで感じたところを先日、ブログを書いたところ、ツイッター上で大論争が巻き起こった。わたしは、中国人として日本語と中国語で発言する李小牧さんが、日本人として中国語で、また最近は日本語でも発信し始めた加藤くんに「先輩」として向けた言葉は非常に意味があると思っている。しかし、日本人読者がその李さんの言葉をタテに加藤くんの若さや経験不足をあげつらうのはどうかと感じている。

 その時の討論内容についてはインターネットで読めるので、ここでは特に取り上げない。しかし、一人の中国在住の日本人としてわたしは、加藤嘉一くんという27歳の若者が「なぜ中国で一番有名な日本人になったのか」を、もっと日本人は知るべきだと思う。ここで言いたいのは彼の生い立ちではなく、彼が「一番有名な日本人」になった背景である。

 周知の通り、日中両国は地理的にも文化的にも歴史的にも、そして今や経済の面でも最も近い国ながらいまだに緊密だとは言えない関係にある。いや、「緊密だ」と豪語する人はいるが、実のところ政治体制の違いもあり、お互いの考えや行動に疑心暗鬼になりやすい。しかし、大雑把にその是非論を問うても仕方がない。一つ一つの問題を解きほぐして問題点を見つけ出すしかない。それが日本に向けて中国について書いているわたしの考え方だ。

 ただ、中国国内においてもどかしさもずっと感じて来た。中国で語られる「日本」があまりにもわたしの知っている日本と程遠く上滑りで、いつも堂々巡りで終わってしっていたからだ。中国国内にはいろんな面において政治的タブーが存在し、だれしもが自由に物事を語れないという前提があることは言わずもがなで、そのために日本を語る場合にも「安全パイ」の学者が中心になってきた。

 もちろん、メディアでも日本について語る人はいたけれど、ほとんどの中国人が日ごろから日本との間を容易に行き来しているわけではないこともあって、結局書籍を読み漁り、学者の言葉を聞いて得た日本のイメージで目前の問題を「斬る」というもの。そして行きつく先は大同小異で、現状の日本事情や現代日本人の感情などはまったく考慮に入っていなかった。

 だから、初めて会う中国人との会話も目の前の話題を話し終えればぎこちないものになってしまう。相手が日本について知っている話題は古臭いものばかりで、その多くが初対面の人間にぶつけるものではないと知っている人ほど困るという場面によく出くわす。

 わたしも一度こんな経験をした。ある芸術イベントに特別出演した、四川省出身の農民工(都会の建設現場などで働く出稼ぎ労働者)たちと話をした時のことだ。生まれて初めて会った「中国語を話す日本人」を、好奇心たっぷりに取り囲んで彼らが目をキラキラさせて話題を探していた時、そのうちの一人が満面の笑みを浮かべて、「日本人がその昔、中国を侵略したことを知ってるかい?」と尋ねてきた。

 わたしはクラクラした。しかし、彼らには決して悪意はなく、とにかく何でもいいからこの目の前の日本人と言葉を交わしてみたいと思っていることが、その答えを期待に満ちた目をして待っている様子からよく分かった。それは彼らが頭の中にある「日本」と書かれた引き出しをひっかきまわして見つけた唯一の話題だったのだ。

 わずか30歳そこそこの彼らが日本について語るとき、あっという間に60年以上も前にワープする事実。そこに日中の情報の溝の深さを痛感した。この溝を誰かが埋めなければ、日中間に理解なぞ生まれるわけがない。

 ここ10年ほど中国が世界を舞台に立ちまわるようになるにつれ、中国の知識人、あるいはメディアの中にもこの溝に気付き、埋めようと真剣に努力をし始めた人たちはいる。国内のメディアも競争が激しくなり、情報に飢えている読者や視聴者に新しい視点を与えなければすぐに淘汰されるようになった。そんな中で立場の違う専門家による討論企画や市井の人たちをスタジオに呼んでテーマにそってさまざまな意見を聞く番組が生まれ、わたしも知り合いから何度か声がかかり、参加したことがあった。

 しかし、話題が政治や経済など広範で、最もホットな話題になると、わたしの付け焼刃的な知識で間にあうわけがない。そのために中国語ができる日本人ジャーナリストや在住者に出演を打診したことがあったが、ほとんど断られた。自分の発言が自身の中国での業務や生活に影響を及ぼすかもしれないから、というのがその理由だった。

 そこに加藤くんが現れた。彼はもともと中国社会に出て行くことを目標にして努力してきただけあって、その中国語の言葉づかいや語り口は中国人にとって日ごろ聞いたり、使い慣れているそれと同じでよどみない。あれだけのスムーズな中国語表現を見につけるためには、ほぼ毎日中国人とだけ付き合うことを日課にしなければまず無理である。

 もちろん、まだ日本での社会人経験もない若い加藤くんがまず中国社会にどっぷり浸かってしまうことで日本人からすれば、「著火入魔」(ミイラ取りがミイラになる)になったように感じるところもあるだろう。しかし、実のところ日本人の中国研究者にもそんな人たちはたくさんいるが、彼らが一人の生身の日本人として中国人社会全般に向けて発言をすることはあまりない。

 考えてもみてほしい。我々日本人だって、日本語が流ちょうで、日本のゴシップをよく知っていて、日本人の笑いのツボを抑えた西洋人タレントは身近で大好きな存在ではないか。その彼らが今では朝のニュースショーでコメンテーターとして活躍しているのである。同じように、加藤くんの無理のない中国語の表現と比喩は違和感なくすんなりと中国人の耳に入る。当然、中国の人たちはもっと彼の話を聞きたいと思う。彼の他には自分たちに語りかけてくれる生の日本人は誰もおらず、中国人のほとんどは単純に、日本人である加藤くんが中国をよく知っているのを喜んでいるのである。

 今では、都会で暮らす若き中国人たちに会うと、「加藤嘉一くんを知ってる?」と尋ねられることが増えた。わたしは個人的には加藤くんとは付き合いがないので、彼らに語るべきものは持たないが、彼らが加藤くんという生身の人間を通じて「日本」を感じているのは間違いない。簡単に言えば、ここ10年間で中国人社会が初めて受け入れた生身の日本人なのである。

 日本でも近年は、中国人をターゲットにした雑誌の刊行やイベントの開催なども増えてきた。それがなぜ、加藤くんのように「生きた日本」にならないのか。その答えは日本側が持ち出す「話題」にある。

日本側がセッティングする雑誌やイベントは常に、モノやブランドと言った「売り込みやすい」消費品がほとんどだ。問題は加藤くんに中国人が求めているのは「売り込み」ではなく、「理解」という点なのだ。日本人が何を考えているのか、日本社会はなにを求めているのか。加藤くん以上にそれを伝えることができる日本人が、日本の媒体が今、どこに存在しているだろう?

 加藤くんの話が嫌いだと言うのは自由だ。しかし、だからといって土俵上に上がらない日本人読者が土俵の下から彼の足を引っ張るのは慎むべきだろう。李小牧さんも土俵上のプレーヤーとして加藤くんの不足を指摘したのだ。先の大論争でわたしは、「メディアも他の日本人を求めている。もし我こそは!という方がおられれば是非ご連絡いただきたい」と言ったが、いまだに誰ひとりとして連絡はない。加藤くんを「中国で一番有名な日本人」にしたのは、そんな日本人自身であることをぜひ知っておくべきである。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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