コラム

ノーベル賞受賞はなくてもスゴかった! 2023年日本人科学者の受賞研究

2023年12月30日(土)17時15分
柳沢正史

筑波大国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 機構長・教授の柳沢正史氏 出典:文部科学省ホームページ, CC BY 4.0(元画像を一部トリミング)

<クラリベイト引用栄誉賞やウルフ賞の受賞者、さらには英学術誌「ネイチャー」の「ことしの10人」に取り上げられた科学者も。2023年に世界の著名な科学賞を受賞した日本人研究者6名の研究成果を紹介する>

「最近、解明された重要な科学の知見は何だろう」と疑問が湧いたときに、多くの人が参考にするのが「ノーベル賞」の科学3賞(物理学、化学、生理学・医学)でしょう。同時に、科学界の最高栄誉であると認識して、オリンピックで日本人が金メダルを獲得することを願うように「今年こそ日本人がノーベル賞を受賞してほしい」と朗報を待ち望む人も少なくないはずです。

1901年から始まったノーベル賞で、日本人(受賞時に外国籍の者を含む)は2023年までに25名が科学3賞を受賞しています。とりわけ21世紀以降の科学3賞の国別受賞者数を見ると、アメリカに続く世界第2位となっています。

「日本人のノーベル賞受賞ラッシュ」に慣れてしまった人たちには、21年に気候の物理モデリングや温暖化の研究で物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏(プリンストン大上席研究員)以来、日本人受賞者が現れないことでがっかりしているかもしれません。

とは言っても、23年も多くの日本人研究者が、素晴らしい研究を成し遂げたり、過去の業績を高く評価されたりしました。今回は、世界的に著名な科学賞の受賞者を中心に、6名の研究成果を紹介します。「2023年の最新科学」を概観しましょう。

◇ ◇ ◇
  

1.柳沢正史

筑波大国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 機構長・教授

睡眠や覚醒のメカニズムの解明に関する第一人者です。23年9月に「ノーベル賞受賞を予言する賞」とされる「クラリベイト引用栄誉賞」を生理学・医学分野で受賞しました。受賞理由は「睡眠/覚醒の遺伝学的・生理学的研究、および重要な睡眠制御因子としてナルコレプシーの病因にも関与するオレキシンの発見」です。

オレキシンは脳の視床下部で作られる神経伝達物質で、睡眠と覚醒の切り換えを担います。食欲に関与する物質であることが先に分かったので、ギリシャ語で「食欲」を意味するorexisから名付けられました。

発見者の柳沢氏は当時、米テキサス大学でオレキシン産生遺伝子を欠損させたマウスを観察していました。すると、夜行性のマウスが夜に突然眠り込んでしまう「睡眠発作」を繰り返しました。これは、昼間に突然、強い眠気に襲われて眠り込んでしまう「ナルコレプシー」というヒトの睡眠障害と同じ症状でした。

詳しく調べると、オレキシンは覚醒時には覚醒系を活性化し睡眠中枢を抑制する作用を持っていることが分かりました。一方、睡眠時にはオレキシンと覚醒中枢の働きは抑制されます。

現在、オレキシンの働きを抑えることで不眠症を改善する薬が開発されており、14年から日本とアメリカで実用化されています。さらにナルコレプシーの原因にオレキシンの欠乏が関与することが分かったため、治療薬(オレキシン受容体作動薬)の開発も進められています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story