コラム

白砂青松の海岸林よりも雑木林が津波に強い? 横国大が東日本大震災前後の航空・衛星写真を分析

2023年10月28日(土)09時40分

江戸時代になると、海岸林は本格的に造成されるようになりました。それから数百年経った現在は、1987年に「白砂青松100選」が選定されたように、海岸にクロマツ林があるのは日本の原風景とも言えるようになりました。

東日本大震災で津波被害を受けた地域を見ても、白砂青松100選にも選ばれている岩手県の高田松原は350年以上前から育成されていました。同じく被災した宮城県の仙台湾南岸域の海岸林は、仙台藩の開祖である伊達政宗の命により400年以上前に造成されたものです。江戸時代に藩の主導で作られた各地の海岸林は、国や自治体、地域の人々によって、現在にいたるまで植栽や維持管理が続けられてきました。

航空・衛星写真で被害程度や樹木の分布状況を評価

今回、横浜国立大の研究チームは、東日本大震災において津波被害を最も受けた宮城県の海外林を対象にして、津波到達前後の航空・衛星写真を用いて、被害程度や樹木の分布状況を評価しました。この震災で東北地域では約2800ヘクタールの海岸林が津波被害にあっており、そのうち約1800ヘクタールが宮城県だったといいます。

研究者らはまず、津波発生前の衛星画像に基づいて、幅 200メートル以上で、石やコンクリートで作られた防波堤がない海岸林サイト(敷地)を特定し、宮城県の海岸に沿って少なくとも20メートル離れた、津波後に木が残っている50カ所と木が残っていない50カ所の計100カ所の海岸林を無作為に選出しました。調査サイトの標高は1~8メートルで、平均は 3.8メートルでした。東日本大震災では津波計によって測定された海上の最大津波高は9.3メートルだったので、標高10メートルを超える場所は研究から除外されました。

さらに、津波前の写真から樹木種を評価しました。海岸林の全樹木種を特定するのは困難ですが、空から見た樹冠の形や葉の色から常緑針葉樹であるクロマツと広葉樹(ブナやコナラ)の区別は可能だったため、クロマツ単植林か、クロマツと広葉樹が混ざった混交林かに分類しました。また、混交林はクロマツと広葉樹種の空間分布の複雑性の違いによって、①クロマツの中に広葉樹の大きな群生がいくつか混ざった林、②クロマツが優勢で広葉樹の小さな群生がいくつか混ざった林、③クロマツと広葉樹が分離して植えられている林、の3 パターンに分類しました。

調査は航空写真に基づいて、津波前後の樹木被覆(そのサイトを樹木がどれだけ埋め尽くしているか)の変化の程度を 0(変化なし)から10(91~100%)に分類しました。ここで「10」は、津波によってほとんどの樹木が倒されて残っていないことを示しています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story