コラム

卵子も精子も使わずに「発生後2週間のヒト胚モデル」作成、構成要素も完全再現...倫理問題クリアで不妊治療に貢献か

2023年09月15日(金)21時35分

今回の報告では実際のヒト胚の発生14日目までを模した成功という成果でしたが、この人工ヒト胚をこのまま成長させれば「人造人間」ができあがるのでしょうか。

研究のためのヒト胚の培養は、1978年に体外受精による出産が初めて成功したことを受け、40年ほど前に「14日を超える(あるいは原始線条という構造が現れたら)培養の禁止」が提唱され、国際的に広く受け入れられていました。ところが21年5月に、ヒト胚の研究で強い影響力をもつ国際幹細胞学会が指針を改定し、14日を超える培養を認めました。現在、日本でも、科学者による14日を超える培養についての意識調査などが進められています。

ハンナ教授は「人工ヒト胚はナイーブ型多能性幹細胞のみを用いているので、実際の胚とは区別される」と語っています。けれど、人工ヒト胚の作成成功率が高まったり、培養日数が延びたりすればするほど、通常のヒト胚と同様に取り扱うべきなのか否かについては議論が必要になるでしょう。

海外では、すでに「人工ヒト胚モデルを使って妊娠することは、非倫理的かつ違法行為である」との議論も登場しました。もっとも、ヒト胚の研究者である英バブラハム研究所のピーター・ラグ・ガン博士は「今回作成された人工ヒト胚は、子宮内膜に着床するために必要な段階をスキップしているため、子宮に移植したとしても発達できないだろう」との見解を述べています。

受精の仕組みを人工的に省いてヒトの発生を可能としても、胚を育む子宮の問題に突き当たる。生命の神秘の解明には、まだまだ時間がかかりそうですね。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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