コラム

月の裏側で巨大な発熱体を発見 35億年前の月は地球環境に似ていた可能性が指摘される

2023年07月18日(火)18時10分
月面

太古の地球を知るうえで月は不可欠な天体(写真はイメージです) Lukasz Pawel Szczepanski-shutterstock

<米サザンメソジスト大などから成る研究チームが月の裏側に発見した巨大な物体は、これまで知られてきた月の常識を覆す存在に。周囲より10℃以上も温度が高いこの物体は、どんな原理で発熱しているのか? カギを握る、石材としても身近な「ある岩石」とは?>

月は人類が到達したことがある唯一の地球外天体です。起源には諸説ありますが、現在は約45億年前、地球に火星クラスの大きな天体が衝突して飛び散った破片が集まって月が誕生したという「ジャイアント・インパクト説」が有力視されています。

月は人類の地球外進出への足がかりになるとして、最近はアポロ計画以来となる「月に人類を降り立たせる」ためのアルテミス計画が急ピッチで進んでおり、日本も参加しています。

一方、月は太古の地球を知るうえでも不可欠な天体です。現在も火成活動(マグマが地表に噴出したり、地殻に貫入したりすること)を続ける地球に対して、月は数十億年前に火成活動を終え、冷え固まりました。月表面の岩石は、水や大気がないために浸食や風化を受けません。つまり、数十億年前の岩石がそのままの状態で残っているのです。

ところがこのたび、米サザンメソジスト大などから成る研究チームは、リモートセンシングによって月の裏側に熱を発する巨大な物体があることを発見しました。詳細は12日、地球化学分野で世界最大規模の国際学術会議である「ゴールドシュミット会議」で発表されました。科学総合誌「ネイチャー」(23年7月5日付)にも研究成果が掲載されています。

最大直径が約50キロメートルで、周囲より10℃以上も温度が高いこの物体は、これまで知られてきた月の常識を覆すものです。はたして、どのような原理で発熱しているのでしょうか。カギを握るのは、地球上で私たちが石材として身近に使っている「ある岩石」の性質でした。詳しく見ていきましょう。

研究の舞台は月の裏側「コンプトン・ベルコビッチ地域」

月の観測は、地球上から見ることができる表側と比べて、裏側はどうなっているのかを知るのは困難な時代が続きました。けれど、2007年に打ち上げられたJAXA(宇宙航空研究開発機構)の月周回衛星「かぐや」によって、初めて裏側も高解像度の画像が得られるようになり、詳しく研究できるようになりました。

かぐやは「アポロ計画以降、最大の月探査計画」と称され、多くの成果をあげて09年に運用を終了しました。近年の月の裏側の研究には、NASA(米航空宇宙局)の「ルナー・リコネサンス・オービター」や中国の「嫦娥(じょうが)」などによるリモートセンシングのデータが使われています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story