コラム

既存の薬から見つかった「脳食いアメーバ」の特効薬 未承認薬、適応外薬をめぐる日本のスタンスは?

2023年02月14日(火)11時30分

ただし、この結果はあくまで試験管での実験で得られたものであり、実際に人の体内で同じ効果があるのかは分かりませんでした。B.マンドリラリスの感染例は少なく、感染しても短期間で死亡する場合が大半なため、臨床試験や投与例はありません。さらに、ニトロキソリンは、ヨーロッパやアジアでは50年以上前から使われている抗菌薬ですが、アメリカでは未承認でした。

医師たちはアメリカ食品医薬品局(FDA)へ緊急調査用新薬申請書を提出し、海外からの輸入を急ぎました。幸い、膀胱がんの治療用にニトロキソリンを開発している製薬会社が無償提供を申し出て、すぐに男性に投与することができました。すると、投与1週間で脳の病変は縮小し始めました。この男性は退院し、現在は自宅で生活できるまでになったそうです。

未承認薬、適応外薬の取り扱いに慎重な日本政府

日本でも、承認されていない薬の取り扱いや、決められた用途以外での使用は、しばしば問題になります。

「(国内)未承認薬」とは、海外では承認されていながら日本では承認されていない薬です。抗がん薬で多く見られます。日本の医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律に基づく品質・有効性・安全性の確認がなされておらず、使用したい場合は個人輸入が必要となります。保険が適用されないため、費用は患者が全額負担しなければなりません。

また、日本で医薬品として承認されていても、海外で認められている使い方が認められていない「適応外薬」もあります。抗寄生虫薬のイベルメクチンが、インドやブラジルでコロナ治療薬として認可されたことは記憶に新しいでしょう。もっとも、世界保健機関(WHO)は21年3月に「新型コロナにイベルメクチンを使うべきではない」という指針を発表しました。日本の製薬会社「興和」は、22年9月に治験の結果が思わしくないことから、新型コロナ治療薬としての承認申請を断念しています。

医療上の必要性が高い未承認薬と適応外薬は、厚生労働省でも頻繁に検討会議が行なわれていますが、患者にとって選択肢や費用の面で大きな問題となっています。海外の試験で安全性は確認されているのだから、すべて緩和して医師や患者の選択に任せるべきだという意見もあります。けれど、有害な不純物等が含まれていたり有効成分の量が一定していなかったりする可能性もあり、政府は慎重な態度をとっています。

医薬品の選択は自己責任とするには専門性が高く、一般の人には取捨選択が難しい分野です。情報はネットで誰もが得られる時代になったので、情報をもとに相談できる専門家を見つけることや複数の意見を聞くことが、自分の健康を守る手段となるでしょう。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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