コラム

既存の薬から見つかった「脳食いアメーバ」の特効薬 未承認薬、適応外薬をめぐる日本のスタンスは?

2023年02月14日(火)11時30分

世界的には1965年の初例報告以来、これまでに数百例の報告があります。発症すると1週間程度のうちに、90%以上が死亡しています。全世界で毎年数例~数十例しか報告されませんが、途上国では鑑別されていないだけで多くの感染例があると考えられています。日本では、96年に佐賀県鳥栖市の25歳女性で初めて発見されています。

この女性は、11月17日に発熱して20日に入院、21日に意識混濁したため、翌日、脳脊髄液を久留米大医学部寄生虫学講座が検査したところ、フォーラーネグレリアが同定されました。けれど、その後すぐに脳死状態になり、27日に死亡しました。脳は形を保てないほど軟化していたそうです。ただし、過去1カ月にさかのぼって患者の海外渡航歴や水浴、温泉入浴、24時間風呂の使用など、フォーラーネグレリアの感染の機会になりそうな事柄を調べましたが、確認できなかったと言います。

失明の原因として知られるアカントアメーバ

アカントアメーバ、B.マンドリラリスに感染すると、肉芽腫性アメーバ性脳炎(GAE)を発症することがあります。汚染された水や土壌、埃から鼻や口、外傷を介して感染し、多くの場合で免疫力の低下している人で発症します。フォーラーネグレリアの場合よりも進行は遅いですが、症状はほぼ同じで、致死率も90%以上です。

アカントアメーバ脳炎症例は数百例、B.マンドリラリス脳炎は約150例がこれまでに報告されています。日本ではアメーバ性脳炎の死亡が8例ありますが、6例はB.マンドリラリスが原因です。アカントアメーバは、日本では脳炎よりもコンタクトレンズを不潔にしていてアメーバ性角膜炎が進行し、失明の原因となることで知られています。

21年夏、北カリフォリニアの病院に54歳の男性が原因不明の発作で運ばれました。MRI で左脳に謎の塊が見つかったためUCSFの医療センターに移送され、脳生検などの詳しい検査がされると、脳内に「脳食いアメーバ」のB.マンドリラリスの感染が確認されました。

医師たちはB.マンドリラリス脳炎の生存例を調べ、1日47錠の抗寄生虫薬、抗菌薬、抗真菌薬を点滴で投与しました。けれど有効な結果は得られず、脳の病変は成長を続けます。しかも、腎不全などの深刻な薬剤の副作用も起きてしまいました。

医師たちは、他に有効な薬はないのか論文を検索しました。すると、18年に同じUCSFのデリシ博士が率いる研究チームが、『mBio』誌に発表した成果を見つけました。その研究では、マンドリラリスに対して殺菌効果がある薬剤を探すために2177種の化合物を検査しており、尿路感染症の治療薬である抗菌薬「ニトロキソリン」が高い効果を持つと報告されていました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ブラックロック、約250人削減へ 事業効率化

ビジネス

主要国中銀総裁、パウエルFRB議長に「連帯」 独立

ワールド

ロシアが今年最大規模の攻撃、ウクライナ全土で停電 

ビジネス

日銀「コメント控える」、パウエル氏支持の各国中銀声
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救った...実際の写真を公開、「親の直感を信じて」
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 6
    衛星画像で見る「消し炭」の軍事施設...ベネズエラで…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 9
    筋力はなぜパワーを必要としないのか?...動きを変え…
  • 10
    「お父さんの部屋から異臭がする」...検視官が見た「…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story