コラム

「鑑真が持ってきた36種が今日の漢方薬の源」との研究結果 日本の漢方医学の歴史

2022年11月08日(火)11時20分

岡山大グループによると、鑑真は仏典だけでなく、多くの漢方薬と組み合わせレシピ、香辛料、医学書も日本に持ってきたと言います。これまでは、984年に編纂された現存する日本最古の医学書『医心方』に鑑真がもたらした漢方処方の一部が記載されていましたが、全容は不明でした。

同大で研究していた劉詩卉(Liu Shihui)博士は、在任中に現代中国の廃版書籍『三宝問世(鑑真秘伝三宝)』を見つけ、その中に鑑真が日本にもたらした漢方薬の全容が記載されていることを確認しました。さらに、著者の「雷雨田」は、鑑真が日本にもたらした漢方薬36種と同じセット(鑑上人密方)を代々受け継いできたことが分かりました。

36種の漢方薬の内訳は、芍薬(シャクヤクの根)、山梔子(クチナシの実)、杏仁(アンズの種)半夏(カラスビシャクの塊茎)、厚朴(ホオノキの樹皮)、旋覆花(オグルマの花)などです。

いずれも現代でもよく知られている漢方薬で、たとえば芍薬にはペオニフロリンという有効成分が含まれており、鎮痛、抗炎症、抗けいれんなどの様々な効果があるとして、月経困難症に「当帰芍薬散」「芍薬甘草湯」を保険適用で処方する医師がいます。

『三宝問世』では、鑑真が日本にもたらしたとされる1200のレシピにも言及しています。けれど、著書まで52代を経るうちにいくつかは失われ、現存するものは766と言います。

漢方薬にまつわる誤解と課題

漢方医学は哲学的な思想と経験の集積を基盤としており、体質改善などに力を発揮します。自然科学から発祥し、外科的な処置や即効性に優れた西洋医学とは対照的ですが、近年は漢方医学や漢方薬に対して科学的な根拠を説明する研究も進められています。世界保健機関(WHO)から勧告される疾病、傷害及び死因の国際統計である「国際疾病分類(ICD)」では、2019年の第11改訂(ICD-11)から伝統医学分類が新たに加えられ、西洋医学と漢方医学、中医学、韓医学などの共存も注目されています。

日本で、漢方薬が初めて保険適用になったのは1967年のことです。当時の日本医師会会長で、後に世界医師会会長にもなった武見太郎氏の後押しにより、まず4種類の漢方薬で健康保険での処方が認められました。武見氏は、自身も漢方薬を愛用していました。

現在、漢方薬と言えば、昔のように天然の植物・動物・鉱物を原料とする「生薬(しょうやく)をそのまま煎じて飲むのではなく、様々な生薬からエキスを抽出して粉末状にして複数種類を組み合わせることが大半です。現在、保険適用が可能な漢方薬は148方剤あります。

ただし、漢方薬にはいくつかの誤解や課題もあります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マクロスコープ:高市氏が予算案で講じた「会計操作」

ワールド

中国、改正対外貿易法承認 貿易戦争への対抗能力強化

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平の進展期待 ゼレンスキー

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア停戦を評価 相互信頼再構
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story