コラム

数学界の最高栄誉「フィールズ賞」受賞者の頭脳と胸中、日本人数学者と賞の歴史

2022年07月12日(火)11時30分
マリーナ・ビャゾウスカ教授

2人目の女性受賞者となったマリーナ・ビャゾウスカ教授(7月5日、ヘルシンキ) Vesa Moilanen/Lehtikuva via REUTERS

<フィールズ賞について概観するとともに、4人の受賞者の業績と人柄、数学に向き合うスタンスを紹介する。過去には3人の日本人が受賞>

国際数学連合(IMU)は5日、数学界で最も歴史と権威を持つ賞である「フィールズ賞」の4人の受賞者を発表しました。

「数学界のノーベル賞」とも呼ばれるフィールズ賞は、カナダの数学者ジョン・チャールズ・フィールズの提唱で、1936年に作られました。40歳までの数学者が対象で、4年に1度開かれる国際数学者会議で2~4名に授与されます。

今回は、ウクライナ出身の女性数学者(女性の受賞は2人目)や韓国初の受賞者がいることなどで、例年にもまして話題になりました。

会議は当初、ロシアで開かれ、ウラジーミル・プーチン大統領が開会する予定でした。けれどロシアがウクライナに侵攻したため、数百人の数学者が抗議の署名をし、オンライン方式に変更になりました。授賞式はフィンランドで開かれ、受賞者にはそれぞれ1万5000カナダドルの賞金が与えられました。

4人の受賞者のインタビューから業績や人柄をうかがい、フィールズ賞についても概観しましょう。

「人生の最高点に達したとは考えたくない」

スイス連邦工科大ローザンヌ校のマリーナ・ビャゾウスカ教授(37)は、球体をなるべく高い密度で並べて空間を埋め尽くす「球充填問題」を8次元と24次元で解決したことへの貢献が評価されました。以前は3次元以下までしか解決されていませんでした。

化学者の両親のもとに生まれたビャゾウスカ教授は、12歳のときに物理と数学の専門学校に入り、数学オリンピックにも参加し始めて、数学者になりたいと思うようになりました。大学院ではコンピュータ分野に進みましたが、曲線の不変量に関するプログラムを書いている時に「プログラマーではなく数学者になりたい」と考えました。

フィールズ賞受賞の知らせを聞いて、ビャゾウスカ教授は「残りの人生をどう過ごせばいいのか分からない。私の人生は始まったばかりなのに、もう最高点に達してしまったと考えるのは嫌だ」と感じたといいます。

数学的発見の源は「多くの人と関わること」

韓国科学技術院(KAIST)付属高等科学院と米プリンストン大の両方に所属するホ・ジュニ(許埈珥)教授(39)は、代数幾何学を利用して組合せ論の分野で多数の難問を解決したことで受賞しました。

子供時代のホ教授は、数学が苦手でした。高校に入ったものの詩を書くために中退するなど、異色の経歴をたどります。

大学時代も初めは数学に関心がなかったそうですが、フィールズ賞受賞者の広中平祐教授がソウル大学で行った授業を聞いたことが転機となりました。「そのとき、私は初めて『数学を本当にやっている人』を見た」と語ります。

50年近く解けなかった難題「リード予想」を大学院時代に証明するなど輝かしい業績を持つホ教授ですが、数学的発見の源は多くの人と関わることであるといい「自分が巨大な菌類ネットワークにつながれたキノコのような存在に感じる」と語ります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国の再利用型無人宇宙船、軍事転用に警戒

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story