コラム

あくびをする動物──ヒト、ライオン、ジュゴン──と謎だらけの「あくびの科学」

2022年03月22日(火)11時20分
あくび

社会性の高い動物ほどあくびが伝染しやすい?(写真はイメージです) barbaraaaa-iStock

<あくびの原因として最も支持されているのが「脳冷却仮説」だが、鳥羽水族館でジュゴンのあくびが確認されたことで「呼吸を伴う必要はない」という説が浮上した。あくびは一体何のために行われるのか>

あくびは、眠いときや寝起き、退屈なとき、極度にストレスがかかる場合などに起こります。ぼんやりとした状態から覚醒に向かう時に出やすいと言われていますが、発生の原因や生物学的意義は未だによく分かっていません。

近年はヒトだけでなく、動物のあくびを研究することで新たな見地を得ようとしています。最新の研究から「あくびの科学」を解説します。

「温まった脳を冷やす」説が有力

あくびは、思いがけない時に起こる「ゆっくりと大きく口を開けて深く息を吸い、口の大きさが最大に達した後に短く空気を吐き出して口を閉じる」動作です。あくびをすると、同時に顔面や身体が伸展したり、涙を流したりすることもあります。

あくびの動作は、間脳視床下部にある室傍核から、「あくび指令シグナル」が発せられることで起こります。室傍核が原始的な器官であることと、ヒト以外にも哺乳類、爬虫類、鳥類などに起こることから、発生学的に古い行動だと考えられています。

あくびは従来、脳の酸素欠乏を補うため、顔面筋のストレッチのため、内耳の圧力を外気圧に合わせるため、などと説明されてきました。これらはいずれも、一時的に働きが鈍くなった脳を刺激して、リフレッシュする効果があると考えられていました。

もっとも、かつては一番支持を集めていた「酸素欠乏仮説」は30年以上前に否定されています。

1987 年に米メリーランド大のロバート・R・プロヴァイン氏らは、①高酸素濃度(酸素 100 パーセント)の部屋、②中二酸化炭素濃度(二酸化炭素 3 パーセント)の部屋、③高二酸化炭素濃度(二酸化炭素 5 パーセント)の部屋を用意して、被験者たちがそれぞれの部屋にいるときと普通の部屋にいるときで、あくびの出る回数が変わるかを測定しました。その結果、有意差は得られませんでした。さらに、呼吸数が2倍になるほどの運動をしても、あくびの回数には影響しませんでした。

最近の学説で、あくびの原因として最も支持されているのが「脳冷却仮説」です。

脳は温度がおよそ39度以上になると脳細胞が死んでしまうため、その前に冷却しなければなりません。温まってしまった脳を冷却する方法があくびです。

2007年に米プリンストン大のアンドリュー・ギャラップ氏は、「あくびの役割は脳の冷却だ」という仮説を初めて提唱しました。この仮説では、あくびが起こると顎が伸びて脳への血流が増え、深い呼吸により脳の中の温まった血液と心臓から新たに送られてくる冷たい血液が交換されると説明します。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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