コラム

日本はいちばん門戸が広い? 宇宙飛行士選抜試験を読み解く

2021年11月30日(火)11時25分

さらに、募集要項を見ると、これまで以上に「科学コミュニケーション能力」が重視されることが読み取れます。

たとえば、職務内容には「宇宙開発に関する普及啓発活動」があり、評価する特性には「自らの体験や成果などを外部に伝える豊かな表現力と発信力」が挙げられています。

実際に、最初の関門となるエントリーシートでは、今回は自己PR欄が増加しました。しかも、「A4用紙1枚に、自由形式で自己アピールする。図や写真を使ってよい」と、より個性を表現しやすい形になりました。豊かなプレゼンテーション能力が、高評価を得るための重要ポイントになりそうです。

「40歳以下」が目安に

今回の募集の背景には、日本の現役宇宙飛行士7名の平均年齢が50歳を超えているという事情があります。このままでは、月面活動「アルテミス計画」が本格化する2030年頃には定年退職者が現れ、宇宙飛行士が不足する可能性が高いです(定年後の再雇用制度もあります)。新たな日本人宇宙飛行士の養成は急務であり、今後は5年に1度のペースで募集する方針です。

「宇宙飛行士に応募したいけれど、自分の年齢は高すぎるのではないか?」と気になる人もいるかもしれません。

今回の募集要項には書いていませんが、前回は「(定年が60歳の)JAXAに10年以上勤務が可能であること」という条件がありました。前回は963名の応募者のうち、1次試験合格者は50名、2次は10名で、最終的に3名が宇宙飛行士として採用されました。このうち41歳以上は、1次で1名、2次では0名でした。今回の募集では、様々な項目を緩和して、応募者の間口を広げています。年齢の上限も定められていませんが、「40歳以下」が一つの目安になるかもしれません。

「最も宇宙飛行士になりやすい国」

前回の倍率は321倍、今回はさらに倍率が高まりそうな日本の宇宙飛行士試験ですが、世界的に見ると決して狭き門ではありません。今回の「学歴不問」は、世界にも類をみない条件緩和です。さらに、前回の日本の宇宙飛行士試験と同時期(2008〜9年)に行われた各国の試験の倍率を見てみましょう。

カナダ宇宙庁(CSA)の試験には、5350名が応募して2名が合格しました。倍率は2675倍でした。ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の試験には約20カ国から8413名が応募。6名合格なので、倍率は1400倍でした。

アメリカ航空宇宙局(NASA)の試験には約3500名が参加して9名が合格しました。この時の倍率は390倍と日本と同じくらいですが、直近の2020年の募集には12000名以上が応募していて、現在、審査中です。NASAの宇宙飛行士試験合格者は、最も多い時でも14名だったので、倍率は1000倍近くになるでしょう。

こうして見ると、日本は先進国の中で「最も宇宙飛行士になりやすい国」かもしれません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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