コラム
Tokyo Eye 外国人リレーコラム
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便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

<便利さを追い求める一方で、大好きな日本文化がなくなる?> 先日、韓国のカフェを利用した際に驚いた出来事があった。会計しようと席を立ったら店員は不在のようで、代わりにあるのは大きなタッチスクリーン2台だけ。 現金で支払えるだろうか。ベルを鳴らして店員を呼ぶも、「このご時世に現金ですか?」という物珍しそうな目で見られた。カフェは観光客が来るような場所ではなく、実家近くの閑静な住宅街にあったのだけど。 母いわく、「韓国だとこれが当たり前。73歳の母もいつの間にかキャッシュレスに慣れ、私より使いこなすのだから感心した。 韓国は世界屈指のキ ャッシュレス大国だ。ある調査によると、韓国のキャッシュレス決済比率は95・3%と世界トップで、中国83・8%、オーストラリア72・8%と続く。 韓国でキャッシュレス化が進んだ背景には、通貨が暴落した1997年のアジア通貨危機がある。政府が消費拡大や脱税防止などに向け、クレジットカード決済額が年収の4分の1を超えると所得控除を受けられるといった奨励策を展開してきたためだ。 一方、日本のキャッシュレス決済比率は32・5%とかなり低い。数週間前に訪れた長野県松本市では、現金オンリーの店が何軒もあり、韓国との差を実感した。 もちろん、日本は古くから地震などの災害対策として現金を大事に持つ文化があり、現金に関する信用度も比較的高いのだろう。現金主義は日本の文化の1つとも言え、決してキャッシュレス決済比率が高いことが全て良いとは思えない。 しかし、円安などの後押しもあり、都心だけでなく地方にも世界各国から観光客が多く訪れるなか、キャッシュレス決済が浸透していない日本の現状には正直、もったいないなと感じる。 世界ではキャッシュレスが主流になってきている。例えばデンマークの場合、デジタル化推進に伴いキャッシュレス国家を宣言し、スーパーマーケットや公共施設ではキャッシュレスしか扱わない場所も少なくない。中国では「アリペイ」などのモバイル決済サービスを幅広く導入している。 日本もキャッシュレス化を推進しているとはいえ、まだ現金が主流。そんな現状に驚いた外国人の友人もいて、訪日外国人客も時代遅れと感じていないといいのだけど。 ===== キャッシュレス化の「負の側面」 --> 一方で、キャッシュレス化の推進がもたらす弊害もあるだろう。特に、高齢者への配慮は必要かもしれない。スマホなどを扱い切れず、現金主義の高齢者を置き去りにしていいのかという懸念も根強い。 韓国のようにキャッシュレス決済率が90%を超えるような社会でも、こういった問題は解決できていない。 低所得者の場合であれば、クレジットカードの発行自体が非常に厳しく、デジタル社会で疎外されてしまうという問題が表面化している。日本もキャッシュレス決済が進めば進むほど、世代や社会的立場などによってさまざまな問題が浮き彫りになるだろう。 訪日外国人客の中には日本のおもてなし文化が好きな人が多い。細やかな文化に触れられる機会なのに、お店の注文や決済が機械で行われるようになったら日本の良さを感じられる場所が減ってしまうと考えるのは行きすぎだろうか。 個人的に私は、日本のお店に入る際に「いらっしゃいませ」と笑顔で挨拶してくれたり、お会計をする際に「ありがとうございました」と丁寧にお辞儀してくれる姿に、日本人の優しさを感じている。利便性や効率も大事だけれど、ささやかな日本らしさを残しながら、世界基準のデジタル決済社会になってほしいと願っている。 ありがとうと話しかけたら コマワヨと答えてくれた 日なたのおじさん ──カン・ハンナ ソウル出身。2011年に来日し、2020年に歌集『まだまだです』で現代短歌新人賞受賞。NHKラジオ「ステップアップハングル講座」に出演し、起業家としてコスメブランドも立ち上げた。著書に『コンテンツ・ボーダーレス』。

2024.04.18 
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温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本の極楽

<その魅力は、癒やし効果や清潔さ、風呂の種類の豊富さだけにあるのではない> 最近、銭湯の魅力を「再発見」している。昨年還暦を迎え、新宿区から月に4枚の入浴券をもらえるようになったのがきっかけだ。入浴料は520円(大人)だから、年間で約2万5000円分とかなりお得である。 それで週1回、せっせと近所にある万年湯という銭湯に通うようになった。定期的に銭湯に行く生活は、風呂なしアパートに住んでいた来日当初の貧乏学生時代以来だ。 これは私だけじゃないと思うが、大きな湯船につかると疲れが取れ、心身共に癒やされる。万年湯は清潔できれいだし、ジェット風呂、電気風呂、濁り湯のシルク風呂と種類が豊富なのも楽しい。 中国にも公衆浴場(「浴池」と呼ばれ、浴場内にはあかすりをしてくれる人がいる)の文化があるので、私は来日当時から、裸で他人と一緒に風呂に入ることには抵抗がなかった。しかも、湯船につかる前に体を洗うマナーがある日本の銭湯は、中国より断然きれいだ。 湯船にあかが浮いていない! と感動した約37年前の来日時を思い出す。近年は日本のスーパー銭湯が進出しているし、中国の銭湯も昔よりきれいになっているかもしれないが。 どちらにしても、銭湯はまさに極楽。だが私にとってその魅力は、癒やし効果や清潔さ、風呂の種類の豊富さだけにあるのではない。 一番は、なんと言っても他のお客さんとの交流だ。裸の付き合いで相手の本音を聞けるのが何より楽しいのである。 湯船につかっていると、地元のおじさんから「(テレビに出てる)周さんだろ?」などと話しかけられ、世間話に花が咲く。 時には「日本の政治家はダメだな」の一言から政治談議が始まり、「おたくの習近平のほうがまだいい。中国の力を借りてアメリカから独立したいよ」なんて過激な発言をするおじさんも。「いやいや、彼は独裁。日米同盟を大事にしたほうがいいですよ」。これではどちらが中国人か分からない(笑)。温かい湯につかりながら、密告される心配もなく政治談議に興じることができる社会のなんと素晴らしいことか。 ===== 銭湯の数は30年で4分の1程度にまで減少...復活のカギは? --> もちろん私も、日本で銭湯がどんどん減っている現状は知っている。風呂なし物件は今や探すほうが難しく、銭湯の公共的な意義は薄れている。サウナがいまブームらしいが、その流れで「町の銭湯」が増えることもなさそうだ。法律で入浴料金が統制されている一般公衆浴場の数は、ここ30年で4分の1程度にまで減少しているという。私自身、30年ぶりに銭湯の魅力を「再発見」した身なので大きなことは言えないが、なんとも寂しい限りだ。 だが、銭湯復活の希望はあるかもしれない。日本は温泉大国で、外国人も日本各地で温泉を楽しんでいるのは皆さんもご存じだろう。その昔、訪日する中国人観光客の三大定番は「富士山、温泉、雪見」とも言われていた。私自身も温泉が大好きで、草津温泉から別府温泉まで各地の温泉を訪れている。 だが実を言うと、外国人が楽しんでいるのは温泉だけでない。町の銭湯にも外国人はやって来ているのだ。 欧米人から韓国人、台湾人まで、私も銭湯で多くの外国人を目にしてきた。今回は東京観光だけで温泉地に行けないからという理由の人もいるだろうし、民泊の小さなシャワーではリラックスできないという人もいるだろう。タトゥーがあるから温泉には入れないが、銭湯にはタトゥーOKな所もあるので経験してみたい──そんな人もいるかもしれない。 日本文化の1つとして外国人からも関心を集めつつある銭湯だが、もしも彼ら旅行者も私と同じように「地元民との交流」を楽しむことができたら......。それこそが温泉とは違った銭湯の魅力、そして銭湯復活のカギになるかもしれない。 周 来友 ZHOU LAIYOU 1963年中国浙江省生まれ。87年に来日し、日本で大学院を修了。通訳、翻訳、コーディネーターの派遣会社を経営する傍ら、ジャーナリスト、タレントとしても活動している。

2024.04.11
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「無罪の推定」を無視する日本のマスコミ報道には違和感しかない

<容疑者逮捕の場面をテレビで流し、顔写真を新聞や雑誌にそのまま掲載することが冤罪に加担するかもしれないと認識している記者はどれぐらいいるのか

2024.04.06
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ウォシュレットや炊飯器は「序の口」...ジョージア大使の「最強のおもてなし術」とは?

<日本育ちの大使にとって日本でジョージアを知ってもらい、ジョージアで日本を知ってもらうことは自らのアイデンティティに不可欠。両親から受け継ぎ

2024.03.30
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株価は最高値更新なのに、日本人の気分は暗すぎる...このギャップをどう考える?

<日経平均が上昇基調で日本が長い低迷期を抜ける兆しがあるのに、相変わらず人々の気分は暗い。だが日本社会の古い体質が変わりつつあるのは確か。こ

2024.03.17
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いま、紹興酒が日本でブーム!(の兆し) 「女児紅」「孔乙己」知ってる?

<紹興酒不遇の時代が終わりを告げようとしている。探求心の強い日本の酒マニアたちが「未開拓」の紹興酒に興味を持ち始めた> 昨秋、週刊文春の連載

2024.02.29
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26歳の医師が過労自殺した件で、私たちが知らなくてはならないこと

<2022年に神戸市の若い医師が自殺した件で、病院側は今も長時間労働をさせた責任を認めていない。フランスなら記者会見やデモやストライキで自分

2024.02.17
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「日本の人々が立ち上がる姿を何度も見てきた」...ジョージア大使が父から聞いた「震災の記憶」と能登半島地震への思いとは

<直接的にも間接的にも多くの地震を経験してきた、日本育ちの大使。神戸での追悼式典に向かう前日に父から初めて聞かされた話、そして復興を支える2

2024.02.17
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「まだやってるの?」...問題は「ミス日本」が誰かではなく、時代錯誤なこと

<どんなに「内面の美」を含めた「総合的な美しさ」を強調しても、最終審査に残る人の中に背の低い人や太った人はいない。いつまで容姿を競って順位を

2024.02.05
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日本人は知らない、能登半島地震に向ける中国人の視線

<中国SNSで見られた「汚染水の報いだ」という心ない声は少数派。多くの中国人は、震災のニュースに胸を痛めている> 辰年は「龍が暴れる」、つま

2024.01.26
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

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