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東日本大震災10年

「私には夢ができた」牡蠣養殖から民宿女将へ 気仙沼ルポ「海と生きる」

TEN YEARS ON

2021年3月11日(木)11時30分
小暮聡子(本誌記者)

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気仙沼市街地内湾地区で町おこしの仕事をする移住者の加藤拓馬(左)と、唐桑で生まれ育った伊藤夕妃。伊藤は加藤の母校である早稲田大学に進学した(中央) PHOTOGRAPH BY KOSUKE OKAHARA FOR NEWSWEEK JAPAN

避難所から義母と一緒に自宅に通って家財を片付け、大学生を迎え入れていくなかで、菅野は若者のエネルギーから生命力をもらった。「私には夢ができた。いま来てくれてる子たちが将来大人になって、家族をつくって子供を連れて帰ってこられるような場所にするために、ここを改築して民宿にするって」

朝2時に起きて牡蠣をむく毎日から、今では世界から人が集まる民宿の女将へ。菅野は言う。「震災で、守るものが強制的に奪われて分かったことがある。新しいことを始めるには、手放すことが大事なんだ。海と同じで、新しいきれいな水が入ってくると、プランクトンといいあんばいに相まって、ぷっくりおいしい牡蠣が生まれる」

果実は、既に生まれている。気仙沼市は、震災後に「若い移住者が増えた」と伝えられることが多い。その代表的存在が、新卒での就職をやめて2011年4月5日に唐桑に入って以降、10年この地で暮らす加藤だ。

早稲田大学在学中に中国でハンセン病回復者の支援活動を行っていた加藤は、被災した唐桑でボランティアの受け入れ態勢をつくり上げた。ただ2011年9月頃に瓦礫撤去が落ち着き、泥がなくなり、仮設住宅に移り始めた頃から、加藤によれば被災者は先の見えない未来を前に「めちゃくちゃ落ち込み始めた」。

この年の年末、加藤は東京に戻らず唐桑に残ることに決めた。下宿先の馬場康彦から、「一緒にやってくべし」と言われたからだ。「コミュニティーの再構築に必要なのは、『よそ者と若者とばか者』だと言われる。馬場さんに『一緒に』と言われて、自分にも貢献できることがあるのかもしれないと思った」

地元の人間には当たり前のことが、よそ者の目には面白く映る。例えば、東京などから来た大学生たちと一緒にやった「街歩き」というプロジェクトでは、小さな集落の中をグループごとに半日かけて歩き、取材したり発見したりしたことを手書きの地図にして地元の人に発表した。

当時、小学6年生のときにこの発表会を見に行った伊藤夕妃(19)は、この発表に「ショックを受けた」という。「12年間住んでいるのに、たった数カ月とか数年前に来た方たちのほうが地元のことを分かっているっていうのが悔しくて。大学生たちが楽しそうにしていて、羨ましくて、あの仲間に入りたいって思った」

小学3年で震災を経験した伊藤は、震災以前から「地元はつまんない。早く出ていきたい」と思っていた。だが中学・高校時代に加藤の活動に参加するなかで、どんどん唐桑を好きになっていったという。「確かに震災直後はいろいろ悲しいこともあった。でも拓馬さんとかボランティアの方がたくさん来てくれて、震災が多くの縁をもたらしてくれた」

2011年5月に初めて会ったときにはメッシュ地のベストを着たボランティア青年だった加藤は、今では唐桑生まれの2人の子供の父親だ。気仙沼でまちづくりをする一般社団法人「まるオフィス」を立ち上げ、かつての支援者と被災者が一緒になって町おこしをする事業を行っている。

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