最新記事

陰謀

中国共産党を揺さぶる謎の失踪劇

2012年3月15日(木)13時22分
メリンダ・リウ(北京支局長)

 この事件は、中国政府としても厄介な時期に起きた。中国では秋の第18回共産党大会で、共産党総書記が胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席から習近平(シー・チンピン)国家副主席に交代し、来年3月の全国人民代表大会で、国家主席の座も習に移る見込みだ。周辺の人事も大幅に刷新される見通しで、現在はそれに向けた派閥抗争が水面下で激化している。

 また習は今週、中国最高指導者への地固めとして、訪米を予定している。その直前に浮上した王の失踪事件は、米中関係をぎくしゃくさせる恐れがあった。だが中国外務省の崔天凱(ツォイ・ティエンカイ)次官は、事件は(習の訪米とは)「まったく別の問題」であり、既に「解決済み」と懸念を一蹴した(ただし王に何が起きたのかは語らなかった)。

 政府が解決済みとして口をつぐむなら、中国人ネットユーザーたちから情報を集めればいい。例えば先週、成都市のアメリカ総領事館周辺に多くのパトカーが配置されるという異例の措置が取られたことが、ネット上で話題になった。王自身が汚職捜査の対象となり、北京で身柄を拘束されているとの噂もある。

ネチズン5億人の監視力

 重慶市政府は微博の公式サイトで、王がストレスと過労のため「休暇型の治療を受け入れている」と発表した。この表現には政府の遠回しな表現に慣れているネチズンたちも喜々として飛び付いた。たちまち「休暇型の治療」は微博で最も使われる言葉の1つになり、2時間もするとリツイートとコメントの数は数万件に上った。

 当局は「王立軍」の検索を禁止しようとしたが失敗。重慶市政府の当初の声明もいったん削除され、あらためてコメント不可能なフォーマットで再掲載された。

 この事件の波紋がどこまで広がるかは分からない(それが分かるのは数カ月後になるだろう)。だが少なくとも中国の高級官僚たちにとって、今や5億人に上る国内のネットユーザーを完全に検閲し、コントロールするのは不可能だと思い知る教訓になったはずだ。

 実は中国政府は最近、政府高官や省庁に微博を使うことを奨励していた。実際、南京市の水道当局は、近隣自治体から徴収した下水処理料金の納付を怠ってきた企業名を微博で公表し、支払いを催促した。政府としては、人々の反対意見表明の場となっている微博を監視することで、トラブルの芽を摘みたいという思惑もある。

 政府高官は最近、市民への情報提供と透明性向上の手段として「微博をもっとうまく使う」よう政府機関に呼び掛けた。その一方で、政府は依然として微妙な話題については議論を禁止しようと検閲を続けている。万が一「政府の転覆」をもくろむ書き込みがなされた場合にその出所を特定しやすいよう、ユーザーの実名登録を近く義務化する。

 だがこの事件の説明に見られるように、政府当局の発言が曖昧で透明性を欠いていれば、「市民との対話を活発化させる」ために微博を駆使しようなどという呼びかけは失笑を買うだけだ。

 政府がそんな態度を取り続ければ、市民はますます政府の手が及ばない微博の世界に潜り込み、真実を探ろうとするだろう。

[2012年2月22日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中