最新記事

人生を変えた55冊

大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」

2020年8月4日(火)16時30分
劉 慈欣(リウ・ツーシン)

GIULIA MARCHI-LUZ

<2015年にヒューゴー賞を受賞し、世界的なベストセラーとなった『三体』の著者、劉慈欣が綴る「自分をSF作家の道へ歩ませた5冊の書物」。意外にも、その1冊はSFではない。本誌「人生を変えた55冊」特集より>

書籍が各人に与える影響はさまざまだが、自分の人生の道を決定する本こそ最も重要である。一人のSF作家として、私は自分をSFの道へ歩ませた書物を紹介したい。
2020081118issue_cover200.jpg
まずジュール・ベルヌの大機械小説。ベルヌのSF小説はその対象から大きく2つに分類できる。1つは科学探検小説、もう1つは大きな機械を描写する小説。後者はよりSF的内容を備えており、私に最も大きな影響を与えたのが『海底二万里』である。


『海底二万里』
 ジュール・ベルヌ[著]
 邦訳/岩波書店ほか

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

このタイプの小説に現れる大機械は、等しく18〜19世紀の蒸気技術と初期の電気技術を基礎としている。お粗末で不器用で、現代の科学技術がまだ子供だった時代の象徴で、ある種の清純稚拙な美的感覚を有している。ベルヌの時代、科学は技術へと変わり、社会生活に全面的に影響を与えるプロセスが始まった。大機械が表現するところの、人類が初めて見た科学技術の奇跡と天真爛漫な驚き。この種の感覚こそがSF小説を生み、育てる土壌となった。

今に至るまで、19世紀の大機械の美感は消失していない。その具体的な表現がSF文学に近年出現している「スチームパンク」だ。このスチームパンクはベルヌ作品の大機械時代の想像力を引き継いだものであり、大機械の美しさ以外に、ある種の懐古趣味的な温かい香りを有している。

アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』は同じく技術型SFだが、ベルヌの大機械小説の対極に位置する。後者は現実から一歩進んだ技術を描写し、前者は変幻自在の時間・空間上の究極的世界への旅を描く。私がこの本を読んだのは1980年代初めだった。それほど長くない紙幅の中、人類の誕生から消滅(あるいは昇華)までの全プロセスを生き生きと描いた小説で、SFの魅力がその中で意を尽くして表現され、私は神の視覚に例えようもないほどの震えを覚えた。


『2001年宇宙の旅』
 アーサー・C・クラーク[著]
 邦訳/早川書房

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

同時に、『2001年宇宙の旅』はある種の独特な文章のスタイルと、哲学性を備えた抽象的な超脱、そして文学的細やかさを備えていた。それだけでなく、宇宙の中のわれわれが感覚的に想像しているけれども把握することのできない巨大な存在も描写した。

クラークの『宇宙のランデヴー』はSF小説が想像の世界をつくり出す力を体現している。作品全体が造物主の壮大な設計図のようで、想像の中の異星の世界と、その中の一つ一つのピースが精緻に積み上げられている。『2001年宇宙の旅』と同様に異星人は終始出現しないが、この想像の世界そのものに人々は魅せられる。もしベルヌの小説によって私がSFを愛するようになったのなら、クラークの作品は私がSFの創作に身を投じる最初の原動力と言うことができる。


『宇宙のランデヴー』
 アーサー・C・クラーク[著]
 邦訳/早川書房

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

【関連記事】東野圭吾や村上春樹だけじゃない、中国人が好きな日本の本

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中