コラム

「貧困たたき」と『「貧困たたき」たたき』には、どちらも具体策がない

2016年08月30日(火)15時00分

 子どもの貧困というのは大変な問題です。まして、大学進学を希望しているのにそれが難しいという状況は深刻です。ただでさえ少ない若い世代の才能を伸ばすことができないというのは社会的損失ですし、そんな制度の下では社会階層が固定化して、学歴の世襲のために高学歴層が不活性化してしまうからです。

 同じことというのは、具体的な政策論がないということです。具体的・実務的な政策提案が必要で、その上での論戦を勝ち抜いていくだけの戦術・戦略が必要です。イデオロギーを同じくする人間にしか届かないメッセージ発信をして、自分たちのカルチャーの自己確認をしているだけでは、まったく前進は期待できません。

 政策論としては、やるべきことはたくさんあります。

【参考記事】2050年の「超高齢化」日本に必要な意識改革

 まず、社会の活力を高めるためにも、再分配を強化することは必要だと思います。その場合に、財源として富裕層課税、資産課税をした場合に富裕層の国内消費が細って国内経済が細り、その結果として貧困が進むのでは元も子もありません。その点を検証する必要もあるでしょうし、「そうではない」ということを証明できれば、論争にも弾みがつくのではないでしょうか。再分配に関しては、1だけが救われて2から4が放置されるのではなく、1から4まで全員が救われるような制度のありかたも考える必要があるでしょう。

 教育制度として、例えば教材費・修学旅行費や制服(なくしてしまうべきという考えもありますが)なども含めた高校以下の無償化を考える必要もあるでしょうし、奨学金制度の充実も必要です。また、大学などが新入生を選考するにあたって、貧困経験者のような「濃い履歴」に才能を感じるかという問題、またそのような才能を使いこなせる社会にしなくてはならないという問題もあると思います。

 シングルペアレントの年収が低い背景には、残業のできない人間は「正規雇用になれない」という、世界中でほぼ日本だけの状況をどうするのかという問題がまずあり、これに加えてもう一方の親の養育費の支払いに強制力を持たせるような制度改正も必要でしょう。

 日本経済全体が成長する仕組みについての議論も必要です。空洞化に歯止めがかからない中、日本企業が繁栄すればそれでいいのか、それとも空洞化をスローダウンさせるような政策・税制が必要なのか、あるいは海外で生まれる利益をもっと還元させる仕掛けができないのか、といった観点は非常に重要です。

 日本の1人あたりGDPは、既に3万5000ドルを割っています。3万ドルを割るということは、要するに先進国から脱落するということで、子どもの貧困どころか、国全体が貧しくなるということです。その意味で、「もう成長はいらない」などという言説こそ、貧困問題の最大の敵だという考え方も必要だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

ニュース速報

ワールド

焦点:EU離脱後の治安協力どうなる、襲撃事件で英国

ビジネス

アングル:米株動揺でも際立つ「ヘッジ疲れ」

ビジネス

アングル:トランプ氏の燃費規制見直し、メーカー側の

ワールド

オバマケア代替法案撤回、トランプ氏「次は税制改革」

MAGAZINE

特集:ミャンマー 語られざる民族浄化

2017-3・28号(3/21発売)

民主化したミャンマーで続く現代のホロコースト。虐殺され続けるロヒンギャになぜ世界は無関心なのか

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    金正男殺害の容疑者は北朝鮮の秘密警察に逮捕されていた

  • 2

    韓国人が「嫌いな国」、中国が日本を抜いて第2位に浮上

  • 3

    米ビール業界を襲うマリファナ「快進撃」

  • 4

    亡命ロシア下院議員ボロネンコフ、ウクライナで射殺

  • 5

    「スイッチ」で任天堂はよみがえるか

  • 6

    情で繋がり、情でつまずく保守の世界~森友学園以外…

  • 7

    ロイヤル・ヨルダン航空、米の電子機器禁止に神対応

  • 8

    自衛隊の南スーダン撤退で見えた「積極的平和主義」…

  • 9

    韓国セウォル号、沈没から1073日目で海上へ 引き揚…

  • 10

    トランプの燃費規制緩和、メーカー側の勝利か

  • 1

    韓国セウォル号、沈没から1073日目で海上へ 引き揚げは最終段階

  • 2

    韓国人が「嫌いな国」、中国が日本を抜いて第2位に浮上

  • 3

    金正男殺害の容疑者は北朝鮮の秘密警察に逮捕されていた

  • 4

    サウジ国王が訪問を中止したモルディブが今注目され…

  • 5

    サウジ国王来日 主婦はほんとに爆買いにしか関心な…

  • 6

    北朝鮮、ミサイル発射するも失敗 打ち上げ直後に空…

  • 7

    ロンドン襲撃テロ事件で死者4人・負傷40人 英首相「…

  • 8

    亡命ロシア下院議員ボロネンコフ、ウクライナで射殺

  • 9

    朴大統領失職後の韓国と蔓延する「誤った経済思想」

  • 10

    米ビール業界を襲うマリファナ「快進撃」

  • 1

    ウーバーはなぜシリコンバレー最悪の倒産になりかねないか

  • 2

    買い物を「わり算」で考えると貧乏になります

  • 3

    韓国セウォル号、沈没から1073日目で海上へ 引き揚げは最終段階

  • 4

    英女王「死去」の符牒は「ロンドン橋が落ちた」

  • 5

    金正男の長男ハンソル名乗る動画 身柄保全にオラン…

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    ISISが中国にテロ予告

  • 8

    人類共通の目標に大きな一歩、NASAが地球と似た惑星…

  • 9

    北朝鮮軍「処刑幹部」連行の生々しい場面

  • 10

    スカーレット・ヨハンソンが明かしたイバンカ・トラ…

Hondaアコードの魅力

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

原子力緊急事態への対応力を向上
日本再発見 「外国人から見たニッポンの不思議」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 別冊

0歳からの教育 知育諞

絶賛発売中!