コラム

鳩山辞任が象徴する二大政党制の機能不全

2010年06月02日(水)10時34分

 首相がコロコロ変わるというのは、自民党の病気だと思われていたのが、民主党も似たような気配があるようです。何が問題なのでしょう? 現在日本で起きているのは、政策の選択ができないことを、宰相個人の資質を攻撃することで当面の「はけ口」とする、そうしたエネルギーのムダ打ちが繰り返されることで「何も決まらない」ままズルズル時間だけが経過する、そこに問題があるのです。

 今回の問題は「辺野古で決められない」ということです。全てはこの問題で、その「決められない」ことの犯人捜しのエネルギーが「鳩山降ろし」としてうごめいたということでしょう。参院民主党の改選議員が動揺しているからだけではありません。そうは言っても、あえて申し上げるならば、辺野古では国は潰れません。ですが、これが財政赤字であれば、そして予測できる将来に国債の入札が停滞するようになり、金利が上昇し円が暴落する中でも、まだ「何も決められない」ままズルズル行くようだと、本当に国が滅んでしまう、そんな危機感も感じるのです。

 何が問題なのでしょう? 問題は二大政党制が機能不全になっている、私はそう見ています。というのは、実現性のある政策の選択肢は非常に狭まっているにもかかわらず、世論の歓迎しない判断をどうやって行うかという問題を現代の日本は抱えているからです。例えば、辺野古移転や、消費税アップ、法人税減税などは、どれも世論調査をすれば、賛成が反対を上回る可能性は少ないでしょう。安定した政権を作って、その信頼度を確保しながら世論を説得するしかないと思います。

 ですが、こうした問題を一度でも政権の帰趨に結びつけてしまうと、問題の解決は非常に難しくなります。なぜかというと、政権は「新鮮味を求める世論」に推されて就任し、「問題が出ればその責任を取らされて」辞めさせられるということの繰り返しになる中で「痛みを伴う判断」は難しくなるからです。

 小選挙区制と二大政党制が導入される過程では、政治の意志決定が中選挙区制に裏付けられた自民党の派閥抗争の密室で決められるよりは、はるかに透明性のある政治が可能になる、そんな期待感がありました。その透明性は確かに実現しましたが、同時に「誰も責任を取って痛みを伴う政策を実行できない」事態に至るということは想定していなかったのです。

 官僚組織と結びついた与党と、実行不可能な批判役に徹した野党のバランスで物事が決まるよりも、政権担当能力のある二大政党が相互に政治を担当するならば、政治の腐敗は防止できる、そう思われていました。確かに公営選挙という動きも含めて、腐敗は減ったように思うのですが、政権担当能力はあるが、痛みを伴う改革を進めるほどの権限は与えられていない政権が、行き詰まるたびに交代して、いたずらに時間を浪費するということは想定されていませんでした。

 その一方で、憲法上は、議院内閣制にある不信任決議や問責決議という制度が「世論から乖離した政権は解散で民意を問えば正常化する」という前提に相変わらず立っています。一見すると正常な民主主義のように見えますが、世論と乖離したらクビにすればいい、という前提で、痛みを伴う改革を可能にするような権限の付託は不可能になっています。政権が支持を失って漂流すると、憲法の規定がいとも簡単に、倒閣へと政治エネルギーをまとめてしまうのです。

 私は長いこと、妊娠中絶や銃規制などで「世界観の激突」を演じているアメリカの二大政党制を、不毛なものだと感じていました。これに比べれば、価値観の幅の少ない日本の政界の方が安定しているとも思っていました。ですが、こうした「決定能力不全」を起こしてしまうようですと、考えを改めなければとも思うのです。

 やはり二大政党制というのは、異なる価値観を求心力として二つの固定的な結集の核があり、その核となる価値観から同じ問題に対する異なった理解と、異なった対策を民意に提示できなければダメだと思うのです。でなければ、その都度その都度の「政権の巧拙」だけを問題にして「とっかえひっかえ」する間に時間を空費してしまうことは避けられないように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EUと米、ジョージアのスパイ法案非難 現地では抗議

ビジネス

EXCLUSIVE-グレンコア、英アングロへの買収

ワールド

中国軍機14機が中間線越え、中国軍は「実践上陸訓練

ビジネス

EXCLUSIVE-スイスUBS、資産運用業務見直
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story