コラム

テキサス州の幼児向け銃乱射対処マニュアルにプーさん登場で物議 「逃げられないなら全力で戦え」とも...

2023年05月31日(水)13時30分

このマニュアルは保護者が幼児に読み聞かせ、銃犯罪への対応を話し合うことを想定している。

しかし、よほどのサバイバリストか武道家でもない限り、未就学のわが子に「いざとなったら全力で戦え、たとえ相手が銃で武装していても」と教えられるだろうか。アメリカでは自己責任の観念が総じて強いといっても、ここまでくると行き過ぎだろう。

米ABCの取材に応じた母親は、「こんな可愛い本で、全く可愛くない話を、夜の読み聞かせでするのは無理」と述べたうえで、5歳の息子がこのマニュアルを幼稚園から喜んで持って帰ってきて読むのをせがんだ時、配布した側のあまりの「トンチンカンぶり」に泣いてしまったと告白している。

ナーバスな保護者への配慮なしの配布

このマニュアルが物議をかもした根本的な原因は、プーさんの世界観と啓発内容のギャップが大きすぎることだが、そこにいくつかの条件が重なって保護者の不興を招いた。

第一に、この疑問の多いマニュアルが、事前告知なしに配布されたことだ。

このマニュアルは民間のセキュリティコンサルタントが作成し、テキサス州ダラスの教育局が幼稚園などを通じて配布した。子どもが持ち帰り、それを初めてみて仰天した保護者がSNSで拡散したことで表面化したのだ。

もともとテキサスは全米でも銃犯罪の多い州の一つで、とりわけ学校や幼稚園などを標的にした、いわゆるスクール・シューティングの多さが目立つ。

ガン・バイオレンス・アーカイブによると、2023年に入ってから5月末までのスクール・シューティングは全米で594件(ほとんどが死傷者がゼロ、あるいは予告だけの未遂)だったが、このうちテキサス州のものは全体の10%近くに当たる56件を占めた。

つまり、テキサスでは子どもの安全に保護者がとりわけナーバスになっているとみてよい。だからこそ丁寧な対応が求められるはずだが、違和感を招きやすいマニュアルであるだけに、事前の予告なしにいきなり配布されたことが保護者の神経を逆撫でしたと言わざるを得ない。

ABCの取材に応じた先の母親も、マニュアルの意図するものに反対なのではなく、やり方をもっと考えて欲しかったと訴えている。

後日ダラス教育局は、案内や意図を保護者に伝えていなかったことに関しては、不備を認めて謝罪した。

なぜこのタイミングか?

第二に、タイミングの悪さもあった。

プーさんのマニュアルは5月の第3週から第4週にかけて順次配布されたが、これはちょうど昨年5月24日、メキシコ国境に近い街ユバルディで小学校が銃撃され、19人の生徒を含む21人が殺害された事件から1年の日を目前にしたタイミングでもあった。

おまけに、マニュアル配布が始まる直前の5月半ばにテキサス州議会は、銃所持の年齢制限を18歳から21に引き上げる法案を反対多数で否決していた。

この法案はユバルディ事件の被害者の遺族などが要望していたもので、その否決もやはり多くの保護者の不信感を招いていたとみられる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ

ビジネス

再び円買い介入観測、2日早朝に推計3兆円超 今週計

ワールド

EUのグリーンウォッシュ調査、エールフランスやKL

ワールド

中南米の24年成長率予想は1.4%、外需低迷で緩や
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story